佐藤愛子の現在と病気。自宅は東京世田谷、別荘は北海道で心霊体験

小説『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞し、90歳を過ぎても現役の小説家として活動してきた佐藤愛子(さとう あいこ)さん。

2016年に発表した『九十歳。何がめでたい』はベストセラーになりましたね。

2022年現在も、変わらず元気に過ごしているのでしょうか。


病気になったという噂、東京都世田谷区にある自宅の情報を確認します。

併せて、別荘のある北海道での心霊体験に迫ります。

佐藤愛子のプロフィール

本名:佐藤愛子

生年月日:1923年11月5日

出身地:大阪府大阪市、兵庫県武庫郡鳴尾村(現在の西宮市)

最終学歴:甲南高等女学校(現在の甲南女子高等学校)

佐藤愛子は現在も元気

佐藤さんは2022年に99歳を迎えますが、今も元気に過ごしています。

2021年には文藝春秋からムック「文春ムック オール讀物創刊90周年記念編集 佐藤愛子の世界」が出版されました。

ムックは雑誌と書籍の中間のような出版物で、佐藤さん自ら責任編集を担当。

「これが最後」と宣言したうえで書いた、直筆ラストメッセージ『みんないなくなってしまった』が掲載されました。

また1969年上半期の直木賞を受賞した代表作『戦いすんで日が暮れて』の全文も掲載されます。

加えて自選傑作小説とその解説、田辺聖子さんや又吉直樹さんとの対談、エッセイなど充実した内容でした。

佐藤さんの業績と人柄の魅力が詰まった、ファン必読の1冊ですね。

100歳を目前にして「何もかもが面倒臭い。なるようになればよろしい」という気持ちで編集に携わりました。

これ以上の仕事はしないつもりのようですが、家族と仲良く暮らしているため、生活は充実しているに違いありません。

70年以上もの歳月の中で、小説を書き続けた佐藤さん。

今後は自分を労いながら、ゆったりと休息する予定なのでしょう。

佐藤愛子は病気ではなく昏倒して病院へ

佐藤さんが病気になったという噂の真相を確認します。

佐藤さんはある日、原稿を依頼してきた雑誌社の担当記者と電話で話している最中に昏倒してしまいました。

電話中に原稿を取りに書斎へ向かう途中、倒れて身体の左側面をすべて強打します。

手の中の受話器と耳に掛けていた眼鏡は、どこかに吹っ飛んでしまいました。

病気を患っていたわけではないものの、おそらく加齢によって身体が疲れ、突然昏倒したのでしょう。

すでに夜9時を過ぎており、家族は2階でテレビを見ながらくつろいでいました。

必死に助けを呼ぼうとしますが、思うように声が出ず、最初に佐藤さんを見つけてくれたのは黒猫のクロベエでした。

やっと2階にいた娘さんが異常に気が付き、お孫さんと一緒に佐藤さんを運んでくれました。

あいにく金曜日の夜半で、翌日からは土日が続くため、病院はお休み。

佐藤さん自身、わざわざ病院で検査入院して、病院食を食べるのは嫌でした。

そこで整体院に相談したところ、治療を受けられることになります。

昏倒した翌日には左目を中心に、顔が紫色に膨れ上がっていました。

その後は整体操法を受け、十分に睡眠をとったところ、3日目には打撲の痛みがなくなりました。

幸運にも骨に異常はなかったため、すぐに回復したのです。

家族と良き整体院に恵まれたおかげで、大事に至らなかったのは本当に幸運でしたね。

くれぐれも体調には気を付けて過ごして欲しいです。

佐藤愛子の自宅は東京都世田谷区

佐藤さんの自宅は東京都世田谷区にあります。

病院やクリニックも多い都心のため、昏倒したときもすぐに治療を受けられる場所まで行けたわけですね。

1階で佐藤さん、2階で娘さんの家族が暮らしています。

掃除と買い物以外の作業、つまり食事や洗濯はすべて自分で行うそうです。

真っ直ぐに伸びた背筋としっかりした足取りを見ると、とても90歳を過ぎているとは思えません。

料理については、家族がまとめて買ってくれたものを簡単に料理するだけのため、負担は少ないといいます。

掃除も1階だけ行えば良いですし、毎日行う必要はありません。

大きな負担がない程度の家事は、きちんと自分で行うのが佐藤さんの健康法なのでしょうね。

佐藤愛子は別荘のある北海道浦河町で心霊体験

東京都の自宅のほかに、佐藤さんは北海道に別荘を所有しています。

1975年、浦河町の丘の上に、避暑用の山荘を建てたのです。

しかし10年以上経った頃から、別荘で心霊体験をするようになります。

誰もいないはずの屋根の上を歩く音が聞こえたり、段ボール箱が忽然と消えたりしたといいます。

さらに心霊現象はエスカレートし、東京に帰ってからも不可思議な現象が起こるようになりました。

後で、実は別荘がある土地で、アイヌの人々が虐殺されたことがあったと知ります。

霊感がなかったはずの佐藤さんは心霊現象に悩み、霊感の強い美輪明宏さんに相談しました。

美輪さんを通して、日本有数の霊能者たちを紹介してもらい、「自分の使命」を知ることになります。

わざわざ北海道の不便な山に別荘を建てたのは、佐藤さんに「アイヌの人々の霊を鎮める使命があったため」と言われたのです。

最終的には神道家の相曽誠治さんに霊を鎮めてもらえたため、心霊現象はなくなりました。

霊感がなかった佐藤さんは、この経験をしてから、きっと死後の世界について思いを巡らせる機会が増えたはず。


心霊体験をするのは不運にも思えますが、佐藤さんは「人生で起こるすべての出来事に意味がある」と思えるようになったのでしょう。

「幸運も不運も、すべてが必要な巡り合わせ」と考えながら生き続けてきたに違いありません。

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