三浦綾子の塩狩峠に椎名林檎が衝撃。若い頃はどんな人?曽野綾子との違い

『氷点』や『塩狩峠』などの代表作を残したクリスチャン作家の三浦綾子(みうら あやこ)さん。

『塩狩峠』は学校の国語のテストに登場するなど、時代を超えて読み継がれている名作です。

実は歌手の椎名林檎さんが『塩狩峠』に大きな衝撃を受けていたことをご存知でしょうか。


林檎さんの心をつかんだ作家・綾子さんの、若い頃からの経歴をチェックし、どんな人だったのか確認します。

併せて、同じくクリスチャン作家の曽野綾子さんとの違いをまとめます。

三浦綾子のプロフィール

本名:三浦綾子

生年月日:1922年4月25日

死没:1999年10月12日

出身地:北海道旭川市

最終学歴:旭川市立高等女学校

三浦綾子の代表作・塩狩峠

綾子さんの代表作『塩狩峠』。

北海道の和寒町にある綾子さんの旧宅は「塩狩峠記念館」として一般公開されています。

記念館に名前を冠していることから、長く世に残っている名作であることがうかがえますね。

『塩狩峠』は、北海道にある標高263メートルの峠「塩狩峠」で実際に起きた事故をモチーフにした小説です。

1909年(明治42年)2月28日、この場所で起きた鉄道事故で、列車の乗客を守るため殉職した鉄道員がいました。

亡くなったのは長野政雄という人物で、小説は彼をモデルにした主人公の視点から、愛と信仰について描いています。

筆者は小学校時代、国語の学力テストで同作が題材に選ばれていたことをよく覚えています。

出題されたのは、士族出身の主人公が自分より格下の家柄の子供を蔑む発言をしたことを、父親から叱られる場面でした。

人間の生き方という深いテーマを扱いながら、読みやすい文体だったことが印象に残っています。


これがきっかけとなり、中学校へ進学する直前の春休みに文庫本の『塩狩峠』を購入し、一気に読み終わりました。

「人を愛し、信じること」にどのような意味があるのか。

限りある人生をどのように生きるべきなのか。

難しいテーマについて、主人公と一緒に考えながら、一歩成長した感覚を覚えたものです。

綾子さんはキリスト教の教えにもとづいた考え方で同作を書き進めました。

しかしクリスチャンではない筆者も、どの時代にもキリスト教に救われる人がいる意味が、同作を読んで少しわかったように思えました。

あらゆる試練を受けたとしても決して絶望せず、相手を思いやれる人間でいることは難しいもの。

だからこそ信仰を支えにすれば、思いやりの心を忘れずに生き抜いていけるということが、なんとなく理解できたのです。

三浦綾子の代表作。椎名林檎が衝撃を受けた塩狩峠

綾子さんの代表作『塩狩峠』には、ある有名人も大きな感銘を受けていました。

歌手の椎名林檎さんも、中学校時代に国語のテストで『塩狩峠』が題材となったことがあるそうです。

問題文として出題された『塩狩峠』の一節を読んだ林檎さんは、テスト中にもかかわらず泣き出してしまいました。

おそらく出題された一節は、主人公が命を投げ打ち、列車の乗客を助けるクライマックスからの引用だったのではないでしょうか。

林檎さんの楽曲は鮮烈で美しいイメージが強いですが、まさに『塩狩峠』のクライマックスにも同じことが言えます。

命を投げ打った主人公と、激しく命を燃やすように歌い続ける林檎さんの姿が重なって見える気もしますね。

三浦綾子の若い頃、どんな人だったか

『塩狩峠』の作者である綾子さんもまた、激しく命を燃やし続けた人生を送りました。

17歳で小学校教員となりましたが、終戦後は戦前の教育方針からの転換に衝撃を受け、虚無感に襲われ退職。

24歳のとき不治の病とされた肺結核と脊椎カリエスを併発し、13年もの間、闘病生活を送りました。

苦しい闘病の中でキリスト教に目覚め、30歳のときに受洗しています。

1959年、旭川営林局に勤めていた三浦光世さんと結婚しました。

光世さんは、病気によって思うように動けない妻に代わり、口述筆記によって彼女の執筆活動を支え続けます。

1961年に綾子さんは雑誌「主婦の友」に『太陽は再び没せず』を投稿して入選しました。

同作は翌年の新年号に掲載されます。

1963年には朝日新聞の懸賞小説公募に、小説『氷点』を投稿して入選しました。

『氷点』は翌年12月から朝日新聞の朝刊で連載が始まります。

1966年に出版されると71万部の大ベストセラーとなり、その後は何度も映画化・ドラマ化されたのです。


当時放送開始した日本テレビ系の大喜利番組「笑点」は、『氷点』がタイトル名の由来だそうですよ。

綾子さんは若い頃から大きな病気と闘いながらも、信仰と夫の愛を支えに、時代を超えて愛される小説を生み出したのです。

三浦綾子と曽野綾子の違い

「三浦綾子」という名前を聞いて、作家の「曽野綾子」さんを連想する人は多いのではないでしょうか。

曽野さんは作家の三浦朱門さんと結婚しました。

そのため「結婚後に三浦綾子という名前になったのでは」と考え、2人を同一人物だと考えていた人もいるようです。

しかもクリスチャン作家という共通点がありますから、確かに紛らわしいですよね。

2人の違いを挙げるなら、三浦綾子さんはキリスト教の教えに従って生きる人々の姿を通し、愛と信仰について描いてきました。

一方で曽野綾子さんは『思い通りにいかないから人生は面白い』など、人生論をつづったエッセイを多く執筆。

クリスチャンとして常に死を意識し、悔いのない人生を送ることに努めてきた自身の考えを書いた作品に定評があります。

綾子さんが描いたのは「聖書の教えを実践する人の生き様」なのに対し、曽野さんが描いたのは「聖書の教えを実践しながらより豊かに生きるノウハウ」ではないでしょうか。

胸に迫る小説を読みたいなら三浦文学、前向きに生きるためのハウツー本を読みたいなら曽野文学を手に取るのがおすすめですよ。


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