黒田勇樹はハーフではない。父親と母親は芸能関係。愛称はニーサン&若い頃や子役時代

日本人離れしたキュートな見た目で、子役時代ダントツの存在感を表していた黒田勇樹(くろだゆうき)さん。

ハーフで、父親か母親が外国出身なのではと言われていました。

実際のところはどうなのでしょうか。

また「ニーサン」という一風変わった愛称が付いていますが、由来は何なのか気になりますね。

黒田勇樹さんについて若い頃や子役時代を振り返りながら、そのあたりを見ていきましょう。

黒田勇樹のプロフィール

愛称:ニーサン

本名:黒田勇樹(くろだゆうき)

生年月日:1982年(昭和59年)4月23日

身長:171cm

出身地:東京都世田谷区

所属事務所:株式会社ベンヌ

黒田勇樹はハーフではない

1980年代から2000年代前半にかけて、ドラマや映画に引っ張りだこだった俳優の黒田勇樹さん。

子役タレントの代表格と言っても過言ではないほど、数々の作品に出演しました。


黒田勇樹さんは、大きな目と鼻筋が通った綺麗で愛らしい顔立ち。

ちょうど木村拓哉(きむらたくや)さんの娘・Koki(こうき)さんに似ていましたよね。

日本人離れした彫りの深い顔立ちを見ていると、「ハーフなのではないか」と言う人も多かったのではないでしょうか。

しかし、黒田勇樹さんは純粋な日本人なのだそう。

確かに、ハーフのような整った顔立ちの芸能人は他にもたくさんいますね。

例えば吉川ひなの(よしかわひなの)さんも、ハーフなのではと噂されていましたね。

また、モデルの中村アン(なかむらあん)さんもハーフではないのです。

名前が片仮名なので、ひょっとしたらハーフなのではと考える人も多いでしょうね。

このように黒田勇樹さんを始め、日本人離れした顔立ちの芸能人は結構いるようです。

黒田勇樹の父親と母親は芸能関係者

黒田勇樹さんの両親は、日本人であることが分かりました。

茨城県と宮城県の出身だそうで、きっと両親も整った顔立ちをしているのでしょう。

では、黒田勇樹さんの親はどのような職業をしていたのでしょうか。

実は、芸能一家に生まれたということが明らかになりました。

黒田勇樹さんの父親は、バンドマンだったそう。

それ以外の詳細情報については、わかっていません。

しかし黒田勇樹さんのブログに、父親の写真がありました。

その顔を見ると、黒田勇樹さんはお父さん似であることが一目でわかるほどソックリでした。

穏やかな笑顔の、優しそうなお父さんと言った雰囲気の人という印象です。

次に黒田勇樹さんの母親について見てみましょう。


母親は、芸能マネージャーで1959年生まれ。

2022年には、63歳になるそうです。

俳優の陣内孝則(じんないたかのり)さんと、非常に仲の良い友達なのだとか。

そして黒田勇樹さんのお母さんは若かった頃、非常に男性にモテていました。

有名な芸能人によく誘われていたのを、子役時代によく見聞きしていたといいます。

黒田勇樹さんの母の本音としては、息子が幼い頃からCMなどのモデルをするのは良しと考えていました。

しかし、俳優の仕事をすることには当初反対していたのだとか。

きっと芸能マネージャーという、芸能界のことをよく知っている職業に就いていたから「息子が苦労したらかわいそう」という思いもあったのかもしれません。

一方黒田勇樹さん自身は、俳優の仕事を非常に面白く感じたのだそうです。

結局、母親は折れてそれ以降「子役タレントのトップ」として数々の作品に出演していくことになりました。

黒田勇樹の愛称はニーサン

黒田勇樹さんには、兄弟姉妹はいないはずです。

しかし、「ニーサン」という愛称が定着しているとのこと。

その理由が主に2つあるようなので、1つずつ見ていくことにしましょう。

黒田勇樹が演じた特撮番組の「兄さん役」が由来

黒田勇樹さんは、仮面ライダーの2つのシリーズに出演経験があります。

その出演経験から、「ニーサン」というニックネームが付いたと言われているのです。

おそらく、片方で主要人物の兄役を演じたのではないでしょうか。

さっそく見ていくと、1つ目は2004年から2005年にかけて放送された「仮面ライダー剣」。

こちらでは、志村純一(しむらじゅんいち)という警察官の役を演じました。

こちらは端役でしたし、兄弟の情報はありませんでした。

そして2つ目は、2009年に放送された「仮面ライダーディケイド」です。

この時は仮面ライダーディエンドに変身する海東大樹(かいとうだいき)の兄の役。

海東純一(かいとうじゅんいち)自身も仮面ライダーグレイブに変身し、弟と戦いました。

しかし決着せずに姿を消して、2話のみの出演だけで出番は終わったのです。

しかし、視聴者にはインパクトが大きかったのでしょう。

大樹の兄なので「ニーサン」と呼ばれて、親しまれるようになったと言われています。

これが、黒田勇樹さんが「ニーサン」と呼ばれるようになった一つ目の由来となっていることがわかりましたね。

黒田勇樹がニート状態だったことも関係

黒田勇樹さんは、赤ちゃん時代から芸能界で仕事をし続けてきました。

そこで燃え尽きたのか、28歳の時に突然芸能界を引退してしまいます。

その後何をしていたのかというと、ほぼ「ニート」状態だったとか。

自称「ハイパーメディアフリーター」として、アルバイトをしながらSNSなどでメディアに出演するという生活を送るようになったのです。

食肉加工工場などで働きながら、アニメーションなどの動画をアップしたりTwitter(ツイッター)などのSNSを投稿したりしていました。

「黒田運送(株)」という公式ホームページを持っており、2022年現在でも引退していた頃の情報を見ることができます。

そのような活動中に、コアなファンから「ニートの兄さん」で「ニーサン」と呼ばれるようになったのではと言われているようです。

動画などを見ていても、黒田勇樹さんが生き生きとしている姿が目に焼き付きます。

そのような姿を慕っている人が、一定数いるということなのでしょう。

黒田勇樹の若い頃や子役時代

ここでは、黒田勇樹さんの若い頃や子役時代の回想などを見ていきましょう。

黒田勇樹の若い頃

黒田勇樹さんは、たった1歳の赤ちゃんの頃から芸能界に。

デビューしてから、いつも仕事がもらえるという非常にありがたい環境に置かれていたそうです。

俳優としてのデビューは、6歳だった1988年のこと。

NHKの大河ドラマ「武田信玄」で、中井貴一(なかいきいち)さん演じる武田信玄の孫・武田信勝(たけだのぶかつ)役をもらったことが最初の俳優の仕事でした。

最初の仕事がいきなりNHKの大河ドラマだったのですから、その後の華々しい活躍のレールが敷かれたようなもの。


12歳の時には、NHK大河ドラマ「花の乱」やTBS系「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」などの話題を集めた作品に出演しました。

「人間・失格〜たとえばぼくが死んだら」は、陰湿なイジメがテーマのドラマでした。

黒田勇樹さんは最初いじめられる側でしたが、加害者になって精神が崩壊する役を熱演。

KinKi Kids(キンキキッズ)も出演しており、高視聴率を獲得しました。

また16歳の時に出演した映画「学校Ⅲ」ではいくつもの映画賞を受賞するなど、常に子役のトップの位置にいたのです。

黒田勇樹が子役時代を振り返る。

インタビューの中で、黒田勇樹さんは「子役」という仕事について次のように語っています。

それによると子役というのは、運よく1度注目を集めたら仕事が途切れることがないとのこと。

だから特に訓練したりする必要もなく、10代を仕事で埋め尽くすことができるのだとか。

問題はその後で、20代になると学園ものの仕事が舞い込んでこなくなるといいます。

そこで困ったところに、更なる追い討ちが襲ってくるようです。

20代前半の将来有望な新人俳優が、次々に芸能界にデビューして来ます。

ライバルになれないほどの才能を持った新人俳優に負けてしまい、仕事が激減してしまうのだとか。

つまり、子役時代には仕事をこなすだけは不十分だということです。

俳優に必要なトレーニングを積み重ねる努力をしていくことで、20代以降も活躍できるチャンスを掴めるかもしれないといいます。


黒田勇樹さんは、28歳の時に病気で舞台を降板してしまったことが不運でした。

さらに、俳優としての意欲が湧かなくなったこともあって芸能界を一旦辞める決意をしたそうです。

4年経って、本気でもう一度俳優の仕事がしたくなってから黒田勇樹さんは「演じることの楽しさ」をかみしめているそうです。

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