松本零士の自宅は大泉学園。ブーム終焉で年収は?敦賀の人気スポット、ゆかりの北九州

70年代半ばから80年代にかけて、『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』といったSFアニメの一大ブームを巻き起こした松本零士(まつもと れいじ)さん。

まず最初に、自宅がある練馬区の大泉学園との深い縁と周辺情報についてみていきます。

社会現象になるほどの人気作品の生みの親であり、漫画界のレジェンドといえる存在ですから、やはり年収も気になりますね。

さらに松本作品と福井県敦賀市との関係、漫画家として上京するまでを過ごした福岡県北九州市についてもまとめました。

松本零士のプロフィール

本名:松本晟(まつもと あきら)

生年月日:1938年1月25日

没年月日:2023年2月13日(85歳没)

身長:非公表

出身地:福岡県久留米市

最終学歴:福岡県立小倉南高等学校

松本零士と自宅と大泉学園

練馬区名誉区民であり、地元とタイアップした企画・イベントも多い松本零士さん。

上京後、文京区本郷で下宿生活を送ったのちに練馬区に転居しました。

「25歳の時から大泉学園に住んでいる」とはご本人の談。


享年85歳なので、大泉に暮らして60年。

星野鉄郎や謎の美女メーテル、キャプテンハーロックといったキャラクターは大泉で生まれたことになりますね。

松本零士こだわりの自宅

自宅兼仕事場(零時社)は、西武鉄道池袋線の大泉学園駅にほど近いところにあります。

大泉学園駅の住所は東京都練馬区東大泉で、東大泉の行政地名は7丁目まで。

自宅も東大泉エリアでしょうか。

テレビ番組で紹介された松本邸の映像や、零時社でインタビューが行われた際の室内の画像からは、松本さんの趣味がそこかしこにうかがえる自宅であることがわかります。

敷地内にはSLの車輪がオブジェのように置かれ、ガレージには100年前のクラッシクカーが鎮座。

自ら設計した玄関のドアには、映画好きらしくフィルムリールをはめ込むこだわりよう。

ドアを開けて中に入ると、まず目を引くのが航空機のビジネスクラスのシートです。

さらに旧日本軍の戦闘機の模型や、ファンなら垂涎もののフィギュアがいっぱい。

資料や本であふれかえる仕事場は、まさに人気漫画家の戦場という感じですが、全体的に物が多い印象の自宅です。

仕事道具は、なんと小学生時代から使い続けていたものも多いそう。

お気に入りものに囲まれていたいタイプであったことはまちがいないでしょう。

日本アニメ発祥の地・大泉学園

テレビアニメ版『銀河鉄道999』は、大泉学園の東映動画(現在の東映アニメーション)によって1978年に製作され、日本のSFアニメの金字塔になりました。

そもそも大泉は、日本初のカラー長編劇場アニメ『白蛇伝』が製作されたアニメ発祥の地であり、アニメのクリエイターや作品を多く生み育ててきた土地柄です。


大泉学園駅の名誉駅長は『銀河鉄道999』などでおなじみの車掌さん。

また駅北口の大泉アニメゲートでは、人気アニメのキャラクターたちに会うこともできます。

等身大ブロンズ像は鉄郎とメーテルはもちろん、『鉄腕アトム』のアトム、『あしたのジョー』の矢吹丈など、誰もが知るキャラクターばかり。

松本零士さんは、駅前の商店街「ゆめーてる商店街」の命名者であり、イメージキャラクター「ゆめーてるちゃん」の考案者でもあります。

ところが意外にも、住みはじめた頃はアニメの聖地であることを知らなかったことが明らかに。

ある日、東映動画の看板を偶然に見つけて、ここが『白蛇伝』の東映動画かと驚いたそうで、その夜、建物をながめながら「いつか自分もやってやる」と決意を新たにしたそうです。

「大泉学園が終の棲家」と語っていた松本さんですが、運命が大泉に導いたのかもしれませんね。

松本零士、ブームが去ったあとの年収は?

漫画家は基本的に漫画がヒットしないともうからない職業です。

そのため、売れない漫画家と人気漫画家の年収にはかなり格差があるのも事実。

平均年収は数百万円といわれていますが、この数値は一部の売れっ子漫画家が大幅に引き上げていることを考えると、あまり参考になりません。

おもな収入は原稿料、印税、その他の三種類。

松本零士さんのようなベテランの人気漫画家ともなれば、原稿料やコミックスの印税も高く設定され、その他にあたる収入源のバリエーションも多くなります。


アニメ化・映画化・ゲーム化といったメディア展開や、キャラクターグッズの販売などで発生する著作使用権の収益ですね。

ちなみに、『銀河鉄道999』はテレビアニメのほか、劇場用長編・中編アニメ、WEBアニメ、プラネタリウム上映作品などが製作されており、小説やゲームも登場。

松本さんの年収は公表されていませんが、松本アニメブームが終焉を迎えた後も、まだまだ活躍していました。

加えて、往年のブームの中で育ったクリエイターたちにより、松本作品を原作とするアニメの製作も行われています。

『ドラゴンボール』の連載が終了した鳥山明さんが、いまだ漫画家の推定年収ランキングの上位に食い込み、その年収は5億円とも10億円ともいわれているのだとか。

その情報をふまえると、松本零士さんに億単位の年収があったとしてもて不思議ではないでしょう。

松本零士作品と敦賀の関係

福井県の南西部、琵琶湖にほど近い敦賀市にも、松本作品のファンなら行きたくなるスポットがあります。

それは敦賀市の商店街・シンボルロード。

このエリアには、『宇宙戦艦ヤマト』と『銀河鉄道999』の名場面を再現したキャラクターたちのモニュメントが並んでいるのです。

ですが、なぜ敦賀の街にこのようなモニュメントが作られたのでしょうか。

作者の出身地というわけではなく、両作品と敦賀を直接結びつける話も聞きません。

じつは敦賀は明治時代、日本海側で最初に鉄道が敷かれた街でした。


このシンボルロードのブロンズ像は、1999年の敦賀港開港100周年を記念して設置されたもの。

注目したいのは、ただキャラクター像が設置されているのではなく、すべてがストーリーにそって配置されているところ。

訪れた人は商店街を進むにつれて物語を追っていくことができるという心憎い演出です。

松本零士を生んだ街・北九州

松本零士さんは福岡県久留米市で生まれ、小学3年生から北九州市に移り、18歳で上京するまでを同地で過ごしました。

ゆかりの深い北九州市では、いたるところで松本作品に出会えます。

北九州モノレールは、2017年より新・銀河鉄道999号の運行がスタート。

JR小倉駅の新幹線口には、鉄郎、メーテル、ハーロックのオブジェが。

ベンチでメーテルと並んで座り、記念撮影をすることができます。

また駅周辺や北九州空港にはキャラクターが描かれたデザインマンホールも。

松本零士さんが2021年まで名誉館長を務めていた北九州市漫画ミュージアムは、「見る」「読む」「描く」の観点から漫画の魅力を体験できる拠点施設。


生い立ちや業績を紹介するコーナーのほか、漫画の歴史を解説するコーナーなどがありますが、特に人気があるのは約7万冊の漫画を自由に読める閲覧ゾーンなのだそう。

漫画好き、松本零士作品好きなら、一日中いてもあきない空間といえそうですね。

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