藤子不二雄Aの死因は未公表!?長生きの秘訣は精進料理。自宅は寺尾台、実家は禅寺

『忍者ハットリくん』『怪物くん』『笑ゥせぇるすまん』などの代表作がある漫画家の藤子不二雄A(ふじこ・ふじお・エー)さん。

藤子・F・不二雄(藤本弘)さんとともに漫画家コンビ「藤子不二雄」として、数々のヒット作品を連発させました。

2022年4月7日、不二雄Aさんが亡くなったという悲しいニュースが流れましたが、死因はいまだに公表されていません。

今回は死因が非公表の理由、長生きのために取り組んでいたことについて見ていきます。

また自宅のある寺尾台、実家の禅寺についても確認します。

藤子不二雄Aのプロフィール

本名:安孫子素雄

生年月日:1934年3月10日

死没:2022年4月7日

身長:不明

出身地:富山県氷見郡氷見町(現在の氷見市)

最終学歴:富山県立高岡高等学校

藤子不二雄Aの死因は調査を実施

神奈川県警察の発表によると、2022年4月7日午前8時40分、川崎市多摩区内の自宅から通報があったそうです。

警察が現場に駆けつけたところ、自宅の敷地内で倒れている不二雄Aさんを発見しました。

その場で死亡が確認され、警察は死亡までの経緯について調査を実施します。

遺体に目立った外傷はなかったため、事件性は低いようでした。

不二雄Aさんは大腸がんや心不全を患い、手術をした経験があります。


持病といったなんらかの原因によって、生命維持に必要な身体の機能が突然停止してしまった可能性が高そうですね。

年齢は88歳と高齢でしたから、突然死してしまっても不思議ではありません。

全盛期の頃は担当編集者と居酒屋やバーをハシゴし、朝までお酒を飲む生活を送っていました。

若い頃の飲酒の習慣が、身体に大きなダメージを与えた可能性もありそうですね。

いずれにせよ2022年9月時点で、死因は非公表のままです。

調査が終了しているとしても、故人のプライバシーを尊重し、詳しい経緯は公にしない方針なのかもしれません。

藤子不二雄Aの長生きの秘訣は精進料理

不二雄Aさんはお酒が大好きだったとはいえ、健康診断で異常が見つかったことがないほど健康でした。

2012年末に大腸がんが発見されるまで、病気知らずだったといいます。

一緒にお酒を飲んだ編集者が身体を壊しても、不二雄Aさんは健康そのものでした。

富山県の禅寺で生まれ育ったためか、肉や魚を摂取せず、精進料理を食べる生活を幼少期から送っていたそうです。

卵や乳製品以外は、動物由来の食べ物は摂取しませんでした。


宗教上のこだわりがあったわけではなく、幼い頃から精進料理を食べることが習慣になっており、肉や魚を受け付けなかったのだそうです。

晩年は病気を患いながらも、88歳まで長生きできたのは、脂質をほとんど摂取しなかったためでしょう。

手塚治虫さんのアシスタントを担当していた下積み時代、手塚さんが出前に鰻重を取ってくれたことがありました。

しかし鰻を一切れ食べた直後、大量の鼻血を吹き出してしまったそうですよ。

ただし肉料理や魚料理を毛嫌いしていたわけではありませんでした。

料理本のガイドブックやレシピを眺めながら「いいなぁ、おいしそう」と考えるのが趣味だったといいます。

ちなみに下積み時代に暮らした漫画家アパート・トキワ荘の近くにあった中華料理店「松葉」では、ラーメンを好んで食べていたそうです。

つまり鶏ガラスープなどの出汁やエキスなら、動物由来のものでも問題なかったのです。

生前の血液はきれいで、お酒を飲んでもしっかり消化され、体調を崩すことは一度もありませんでした。

長生きの秘訣はずばり菜食主義ということですね。

藤子不二雄Aの自宅は寺尾台

不二雄Aさんは上京後、東京都豊島区にあったトキワ荘の四畳一間の部屋で下積み時代を送りました。

漫画家として成功した頃、父親が逝去。不二雄Aさんは母親が寂しがらないよう、親子で暮らせる一軒家を神奈川県川崎市多摩区に建てました。


近隣住民によると自宅は川崎市多摩区寺尾台にあり、独り立ちしてから亡くなるまでずっとこの家で暮らしていたそうです。

都心からアクセスが良く、コンビを組んでいた藤子・F・不二雄さんの自宅も近かったようで、仕事をするのにも便利だったのでしょう。

藤子不二雄Aの実家は光禅寺

不二雄Aさんの実家は、富山県氷見市にある曹洞宗の寺院・光禅寺です。

加賀藩前田家にゆかりのある古刹で、父親が第49代住職でした。

小学校5年生のときに高岡市に引っ越すまで、この寺院で暮らしていたそうです。

光禅寺は1938年に起きた氷見の大火で全焼しましたが、本堂や庫裏、開山堂、山門を順に再建したものが現在も確認できます。

境内では忍者ハットリくん、怪物くん、プロゴルファー猿、喪黒福造など、不二雄Aさんが生み出したキャラクターの石造が出迎えてくれますよ。

また拝観はできませんが、不二雄Aさんが手塚治虫さんから譲り受けた机も保管されています。

不二雄Aさんのファンであれば一度は足を運んでみたい、まさに聖地ですね。


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