歌手やギタリスト、タレントとしても人気を誇る野口 五郎(のぐち ごろう)さん。
中でも1975年1月に発売した「私鉄沿線」は2024年になっても名曲として歌い継がれていますが、作曲したのが兄の佐藤寛さんという背景もファンの間で話題になっていました。
今回の記事では野口さんの兄や実家、父親やいとこといった家族について見ていきます。
野口五郎のプロフィール
本名:佐藤 靖(さとう やすし)
出身地:岐阜県美濃市
生年月日:1956年2月23日
主な作品:「甘い生活」「私鉄沿線」
野口五郎の兄・佐藤寛は作曲家だった
まずは野口五郎さんの兄で作曲家の佐藤 寛(さとう ひろし)さんについて見ていきましょう。
一見すると苗字が違うので関係がなさそうに見えますが、五郎さんは芸名で本名は「佐藤 靖」なので間違いなく兄弟です。
しかし、寛さんの個人情報はあまり公表されておらず、年齢が五郎さんの7歳年上、作曲家と編曲家をしているというぐらいしかありませんでした。
作曲家としては欧陽菲菲さんの「涙のディスコナイト」や長山洋子さんの「ごめん」などがありますが、やはり最大のヒットは弟・五郎さんの「私鉄沿線」でしょう。
実は「私鉄沿線」がオリコンで1位を獲得したとき、寛さんは十二指腸潰瘍の手術を受ける当日だったそうです。
寛さんが五郎さんの曲を担当したのは2作目でしたが、やはり相当なプレッシャーがあって十二指腸を悪くしたのかもしれませんね。
2024年現在も精力的に活動をしており、五郎さんを中心とした「GORO SPECIAL BAND」にはプロデューサーだけでなく、キーボードやシンセサイザーの演奏者として参加もしています。
私生活でも昔と変わらぬ交流があるようなので、五郎さんと寛さんは仲が良い兄弟であり、良き仕事仲間という素晴らしい関係性であることが分かりました。
野口五郎の実家は喫茶店「再会」
この項目では野口五郎さんの実家が喫茶店だった件を見ていきます。
野口さんの実家は岐阜県美濃市。
その実家では「再会」という喫茶店を営んでいました。
岐阜の出世頭‥野口五郎🙌💦
喫茶店はこちらですね👍 pic.twitter.com/BWJJXckT3y— よっしー📣✊🏻(休止です😴) (@majyoyoshi) August 9, 2019
実家の喫茶店は少し変わった名前をしていますが、これは1975年に公開された野口さん初の主演映画「再会」が由来になっているそうです。
野口さんの人気の高まりによって喫茶店はファンの間で聖地化。
飲食だけでなくファン同士の交流をしたり、接客をしていた父親とツーショットを撮ったりと賑わいました。
しかし、2024年現在はすでに閉店。
跡地は駐車場になっているそうです。
残念ながら聖地だった喫茶店と「再会」することは叶いませんが、訪れたことのある人の思い出は色あせることなく、これから先も輝き続けることでしょう。
野口五郎の父親といとこは公務員?
こちらの項目では野口五郎さんの父親と従兄弟(いとこ)について見ておきましょう。
前の項目で野口さんの父親・佐藤進さんが喫茶店を営んでいたことを紹介しましたが、元々は岐阜県で公務員をしていことが明らかになっています。
公務員時代の様子については保健所に勤務していたことが紹介されている程度で、それ以外の部署や役職などは分かっていません。
もしかすると、食品衛生を管轄する保健所に勤めていたことが喫茶店開業に繋がった可能性もありますが、これは想像の域を出ないので何とも言えないですね。
進さんは残念ながら1995年5月10日に胃がんで亡くなっており、営んでいた喫茶店も閉店して駐車場になっています。
一方のいとこも公務員という噂がネット上にありましたが、公務員どころか存在しているという情報に接することすらできませんでした。
しかしながら、地方では公務員の家族や親戚が公務員になる傾向が強いので、一概に「匿名掲示板の書き込みだからデマ」と言い切ることはできないでしょう。
いとこについては今後も継続して調査をしていきますが、何かご存じの方はコメントでお知らせしていただけると幸いです。
最後になりますが、仮に野口さんが芸能界デビューをせず公務員になっていたとしたら、そのときは「イケメン過ぎる公務員」として話題になったかもしれませんね。
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