どっきり番組でおなじみの顔だった小野ヤスシ(おのやすし)さん。
若い人は知らないと思いますがあの人気コミックバンドの元メンバーだったんですよ。
それは、ザ・ドリフターズです!
2012年に亡くなられた小野ヤスシさんですが、奥さんと2人のお子さんに恵まれました。
また、生まれ故郷に関しては、亡くなられてから公にしたこともあったようです。
また、ドリフのメンバーで今なお、現役バリバリと志村けんさんとの関係や、亡くなられた病気に関しても調べてみました。
小野ヤスシのプロフィール
芸名:小野ヤスシ
本名:小野泰
生年月日:1940年2月11日
身長:178cm
出身地:鳥取県境港市
最終学歴:成城大学文芸学部中退
所属事務所:なし(故人)
小野ヤスシが結婚した妻の驚きの告白とは
昔も今も人気のドッキリ番組ですが、ドッキリ番組と言えば忘れられないのが「スターどっきりマル秘報告」。
同番組の開始当初はレポーターとして、その後はキャップとして番組に出演していたのが小野ヤスシさん。
「鳥取が生んだ天才”スーパースター”」自称していた小野ヤスシさん。
若い人は知らないかもしれませんが、小野ヤスシさんはザ・ドリフターズの初期メンバーの一人だったんです。
いかりや長介さんの独裁的な体制に不満を持ちドリフターズを脱退した小野ヤスシさん。
脱退後に「ドンキーカルテット」というコミックバンドを結成し人気を博しましたが演芸ブームが下火になったことで解散。
その後はバラエティや司会、リポーターで大活躍しました。
小野ヤスシ……命日 pic.twitter.com/DF9E8JLqWY
— 76歳OL (@caw534021) 2016年6月27日
そんな小野ヤスシさんの妻である芳子さんが週刊誌のインタビューで驚きの告白をしたことが話題となりました。
その内容とは「小野ヤスシさんが北朝鮮出身」ということ。
小野ヤスシさんの父親が北朝鮮で船員学校を運営していた関係で小野家は北朝鮮に住んでいました。
とはいえ、それは小野ヤスシさんざようやくおしゃべりを覚えたくらいまでだったそうですね。
生活していた場所は、元山という港町で、ニュースでよく聞く万景峰号の母港もこちらだそうです。
また、同週刊誌の記者さんは、小野ヤスシさんの生前から彼の生い立ちについて、よく話を聞いていたそうですね。
それによると、小野ヤスシさんが生活していた当時で、元山の人口の約3分の1が日本人とのことでした。
調べてみると、日本統治時代においては同じ漢字で「げんざん」と呼ばれ、この地の地名も「〜町」というものが多いそうです。
小野ヤスシさんのお父さんも、根っからの九州男児だったそうですから、文化的にも日本的ななかでお育ちになったのでしょう。
「生まれた場所が北朝鮮だった」という印象ですね。
しかし、小野ヤスシさんには愛着もあったのか、お子さんたちを連れて、同地を見に行きたいと話しておられたそうです。
終戦後、家族そろって日本に引き揚げてきたそうですが、もちろんこれも命がけだったといいます。
こうした経緯もあって、小野ヤスシさんは北朝鮮で生まれましたが、在日ではなく日本人。
公の出身地となっていた鳥取県境港市は母親の実家がある場所なんだそうです。
北朝鮮出身というと色々と弊害が出ることを懸念して鳥取県境港市を出身地にしたのかもしれませんね。
ちなみに、プライベートでは、お父さんに似て、九州男児だったという小野ヤスシさん。
芳子さん曰く、女性は「3歩下がって」というお考えの持ち主だったそうです。
芳子さんがついつい話しすぎてしまうと、ちょっと嫌そうな顔をしていたそうです。
さすがは、鳥取が生んだ天才“スーパースター”です。
奇しくも、ご出身である境港市には、「ゲゲゲの鬼太郎」のキャラクターたちの銅像が立ち並ぶ「水木しげるロード」がありますね。
そのなかに、小野ヤスシさんの銅像が紛れていても面白いかもしれません。
小野ヤスシには娘がいる?
小野ヤスシさんには一男一女の子供がいます。
長女の名前は「菜々美」で長男の名前は「泰輔」。
息子の泰輔さんは小野ヤスシさんの告別式で挨拶をしていますので存在は知られているでしょう。
ですが、娘がいることは知らなかった人も少なくないのではないでしょうか。
告別式のあいさつで泰輔さんは父である小野ヤスシさんについて「すべてにおいて天才だった」
父親のことを「天才」と認める泰輔さん。
二世タレントが多い芸能界ですが、小野ヤスシさんの子供はともに芸能界には進んでいません。
きっと父親が芸能界で成功したのは「天才だから」と分かっていたのでしょう。
小野ヤスシと志村けんがドリフで共演していた?
かつては芸能界を席巻するほどの人気だったザ・ドリフターズの面々。
メンバーが年をとったこともありますが、今でも精力的に活動しているのは志村けんさんくらいではないでしょうか。
志村けんさんがザ・ドリフターズに加入したのは荒井注さんの活動休止後でした。
その時には既に小野ヤスシさんがザ・ドリフターズを脱退したあと。
詳しく書きますと、小野ヤスシさんが辞めるタイミングで、ジャイアント吉田さん、飯塚文男さん、猪熊虎五郎さんが脱退しています。
ここで、新メンバーとして迎え入れられたのが高木ブーさんですね。
#お前そのチームいたっけ選手権
小野ヤスシ(ザ・ドリフターズ)
世間一般的には、いかりや長介・加藤茶・高木ブー・仲本工事・荒井注→志村けんの5人が有名ですがブーさんや仲本さん、荒井さんが入る前は小野ヤスシさんが正式メンバーでした。 pic.twitter.com/Gjs6jHYajl— ビジータクヤン (@busy4fan) 2018年2月17日
志村けんさんの加入は、前述のとおり、荒井注さんがお辞めになるときでした。
TBS系『8時だョ!全員集合』が始まって5年目となる1974年ですから、小野ヤスシさんとは随分ブランクがあります。
高木ブーさん曰く、それまでの志村けんさんは、「ぼーや」と言われる付き人のなかの1人で、とくに目立った印象もなかったそうです。
その方が、日本を代表するエンターテイナーになったのですから驚きですよね。
なお、高木ブーさんは、サントリー「伊右衛門」のCMで86歳にしてタライを落とされていました。
高木ブーさんも驚きの演出ながら、「こういうの大好き」だそうで、製作者に感謝しておられるそうです。
一足先に天国へ行かれた小野ヤスシさんのためにも、末永く元気でいて頂きたいですね。
また、小野ヤスシさんと志村けんさんがザ・ドリフターズで共演したことはないものの、ザ・ドリフターズの共演も見てみたかったですね。
想像を絶する程の人気が出ていたかもしれません。
癌で死去した小野ヤスシ
2010年3月に開催した芸能生活50周年パーティーの場で2010年1月に腎盂腫瘍により右の腎臓を摘出していたことを明かした小野ヤスシさん。
腫瘍は悪性のもの、つまり癌だったことを公表しています。
その後、治療に専念しながら芸能活動を続けていましたが、2012年6月28日に腎盂癌により死去。
小野ヤスシさんの最期の仕事となったのが加藤茶さんの結婚披露パーティーでの司会。
同じドリフターズでも、加藤茶さんとは盟友として知られる小野ヤスシさん。
なんと、歳の差カップルとして話題のこのご夫妻が、初めて一緒に食事をする場にも同席したといいます。
加藤茶の妻・綾菜さん 初デートは小野ヤスシ・左とん平同席https://t.co/fmUFRKdOGm
「初デートは小野ヤスシさんと左とん平さんも同席するファミレス。面接官のように色々質問され“品定めされてる”と感じました。その後、井上順さんも加わって半年ほど続いたんですよ(笑い)」#加藤茶 #加藤綾菜 pic.twitter.com/TQqgBMfoap— NEWSポストセブン (@news_postseven) 2019年7月7日
場所はファミレス、しかも左とん平さんも一緒とのことです。
当時大学生の綾菜夫人に対し、出身から何から面接官が如く質問を投げかけたそうです。
たしかに、世間でも綾菜夫人の狙いが、加藤茶さんの遺産ではないかとかそうした意見も多かったですが…。
本気で心配していたのは、このお二人ではないでしょうか?
そして、その後は、何故か井上順さんまで加わって、半年に渡る同伴デートとなったそうです。
長期にわたる審査を超えて、晴れて彼女を小野ヤスシさんもお認めになったとのことですね。
そんな馴れ初めから知っている盟友の結婚式の司会が最期の仕事というのも、あえて言うならば粋ですよね。
ただし、パーティーが始まる前は抗がん剤の副作用による吐き気と闘い、歩行もままならず車椅子で移動するなど相当体調は悪かったそうです。
ところが結婚披露パーティーの会場では立って歩き3時間に及ぶ司会を見事にこなしました。
もしかすると、加藤茶さんご夫妻の結婚式を見届けたことで、思い残すことがもうなかったのかもしれません。
だとすると、非常に幸せな人生の閉幕のようにも思えますよね。
小野ヤスシさんの告別式には加藤茶さんはもちろん、高木ブーさんや仲本工事さんなど多くの芸能人が参列。
加藤茶さんは弔辞も読んでいました。
今頃はかつて仲違いをしてしまったいかりや長介さんと思い出話に花を咲かせているかもしれませんね。
実は、小野ヤスシさんと前述の3名が辞めるときにも、いかりや長介さんから、「自分が辞めるから…」と残留要請があったそうです。
ザ・ドリフターズという看板をおろしたお二人はどんな会話んするのでしょうか?
関連記事
加藤茶の結婚歴まとめ。再婚エピソード&元嫁(鈴子夫人)との離婚理由とは
高木ブーと妻、喜代子の結婚秘話。愛妻家で再婚の意思なし?離婚歴ない唯一のメンバー
吉村明宏の現在。元ミス日本の嫁と娘たち。干された理由は和田アキ子&全盛期は冠番組
コメント