永島敏行の現在。妻と娘、家族について。農業との関わりと車椅子

コワモテの役から優しい役までマルチにこなす永島敏行(ながしまとしゆき)さん。

その人望は厚く、2021年現在は、あの俳優さんと対談したり、共演者の成長を見守っておられました。

また、秋田で農業にも携わる彼、ご家族はその姿に微笑んでおり、娘さんも泥だらけになって頑張っているようですね。

そういえば、永島敏行さんの妻、過去にはあの人ではないかというウワサもありました。

はたまた、車椅子生活とのウワサ、これはドラマの役でしょうか。

永島敏行のプロフィール

本名:永島敏行

生年月日: 1956年10月21日

身長:182cm

出身地:千葉府

最終学歴:専修大学

所属事務所:グランドスラム

永島敏行の2021年現在は?

農業と俳優を兼任する永島敏行さん。

2021年も、バリバリ映画やメディアに出演されておられます。

そのなかでは、『久しぶり』という感じの役者さんとの共演も多いですね。


まずは、元・清水富美加さんこと、千眼美子さんですね。

彼女曰く、最後になるかもしれないというセーラー服姿も、見どころの1つかもしれないのが、映画「美しき誘惑-現代の『画皮』-」です。

ただ、主演は長谷川奈央さんと市原綾真さんのお二人で、永島敏行さんはお二人と並んで取材にも答えておられました。

どちらも、映画初主演ということですが、永島敏行さん曰く、テクニックに溺れるのではなく、内面性を出すという点をよくできたとの旨で褒められていましたね。

また、『画皮』という妖魔を扱った作品全体に対しても、誰にでも当てはまる部分はあるのではないかとの内容で見解を示しておられました。

ジャンルは異なるかもしれませんが、往年はホラー系サスペンスでも主演を張った永島敏行さん。

その彼が、妖魔に関する作品に出るということで、オールドファンも楽しめるかもしれません。

他方、オールドファンの皆さんにとっては、より懐かしいと思われるでしょう。

こちらも、お久しぶりの高知東生さんと対談をされていました。

彼からはアニキと慕われる永島敏行さん。

役者としても、人間としても深い愛を感じますね。

永島敏行は妻も芸能人?永島暎子との噂

永島敏行さんは1989年に結婚していますが、そのお相手は7歳下の一般人でした。

しかし、若い頃の共演から、結婚相手ではないかとウワサになった人物もいたようです。

代表的なのが、永島暎子さんですね。

苗字が一緒ですから、無理もないといえばないでしょうか。

彼女の比較的最近の話題策への出演では、2003年のTBS系『ヤンキー母校に帰る』にて、市原隼人さんの母親役を演じておられました。

また、2006年には、同局系『クロサギ』では、堀北真希さんの母親役でしたね。

『イッチー』、『ホマキ』の母親役を歴任したとあれば、同年代の女優さんも羨んだことでしょう。

ただ、永島暎子さんと聞けば、往年のファンはやはり、セクシーな活躍を思い浮かべる人も多いようです。

というのも、彼女がブレイクしたのは、主演を務めた日活ロマンポルノ『女教師』でした。

この作品にて、エランドール賞新人賞に、『選ばれとーる』ということなのですね。

そして、その後もセクシーな役の好演は光ります。


永島敏行さんとの共演も、その1つでした。

1984年の映画『湯殿山麓呪い村』ですね。

彼は主演・滝連太郎役を演じておられます。

非常に音楽家っぽいお名前ですが、考古学者ですね。

他方、永島暎子さんは、淡路慶子役、こちらは娼婦でした。

実際、お二人の艶っぽいシーンもあったようですが、タイトルよろしく、本来、恐怖のホラー系サスペンスモノです。

永島暎子さんは命を落とし、永島敏行さんも雪山の山中を彷徨うところでENDとなります。

通な映画好きの方によれば、この80年代のお二人というのは、共演作でなくとも、永島暎子さんは、恋愛至上主義で、常識に縛られないキャラクターを演じることが多かったとのことでした。

永島敏行さんとの共演はこれ一本のようですが、お互い、苗字だけではなく、80年代を代表する役者同士として、シンパシーは感じていたかもしれませんね。

とはいえ、やはりお二人は結婚しているわけではありません。

ちなみに、森下愛子さんとも同じような流れで結婚説も出たことはあるようです。

永島敏行の息子ではなく娘がいる

娘のいる永島敏行さん。

しかし、息子さんもいるのではないかという話をもあったようで、再度調べましたがやはり、おられない模様です。

そこで、先ほども少し触れました、永島敏行さんご自身がどんな息子だったかを深掘りしてみましょう。

千葉市出身とはいえ、当時はより豊かな自然のなかで育った永島敏行さん。

東京湾でアサリを、川ではハゼやウナギを取っていたそうですね。

こうした環境を、ご自身も良いと感じていたからでしょう。

娘も同じく自然豊かな場所で育てたいと思っていたそうです。

すると、たまたま秋田県の友人に、映画祭の手伝いを頼まれたことをキッカケに秋田県へと移住されたとのことですね。

やがて、秋田県に深く根付いていく彼、その様子はまた後ほど綴らせて頂きます。

ちなみに、永島敏行さんの息子『役』を演じた俳優さんも、かなり有名な方ばかりでした。

2015年の映画『GONIN サーガ』では、桐谷健太さん。

2017年の日本テレビ系『視覚探偵日暮旅人』では、福士誠治さん。

こちらはなんと、ヤクザの組長とその息子という役柄でしたね。

コワモテも優しい系もいける永島敏行さん。

きっと、息子さんがいても良き父だったのではないでしょうか。

永島敏行、芸能界入りと家族

元高校球児だったことから1977年の映画「ドカベン」で俳優デビューした永島敏行さん。

映画出演2作目であり主演を務めた「サード」でも元高校球児という役柄。

同作の評価と共に主演の永島さんも注目を集め、数多の新人賞を獲得しました。

小さい頃から野球一筋で高校生の頃には主将を務めました。

高校卒業後は大学でも野球漬けの毎日だったのが、なぜ芸能界に進んだのか。

それには永島さんの家族が関係していたんです。

家族が関係しているといっても父親は元競輪選手で母親は旅館の娘とどちらも芸能人ではありません。

永島さんが大学生の頃。

試しに送った書類選考に通ったからと、急に東映に行くように父親から電話がかかってきたそうです。

永演技など出来ないと思っていたそうですが最終選考にも合格。

この選考に通ったことで「ドカベン」に出演できた永島さんですが演技の評判は散々たるもの。

野球経験はあれど、俳優経験はなかったわけですから、無理もないでしょう。


しかし、ご本人がやはり演技など出来るわけがないと落ち込んでいた矢先、父親が今度は「サード」のオーディションに応募。

その後の結果は上述の通りです。

きっと「サード」では等身大の自分に近い役柄だったことが功を奏したのでしょう。

小さい頃から、息子を映画によく連れて行ったという父親、その眼には、我が子の磨けば光る役者の才能をすでに見出していたのかもしれません。

農業との深いかかわり

俳優として活躍する永島敏行さん。

農業コンサルタントとしても活動していることを知っている人は多くないのではないでしょうか。

「有限会社青空市場」の代表取締役を務める永島さん。

農産物等についてコンサルティングや講演を行っています。

1993年に秋田県でコメ作り体験をしたことで農業に目覚めたといいます。

それ以降、毎年地元の農家の方からコメ作りを教わるようになったんだとか。

これらの経験が基となり設立した有限会社青空市場では農水産物の販売だけでなく人材育成にも力を入れています。

また、2007年から2012年にかけてNHK総合で放送されていた「産地発!たべもの一直線」の司会を担当。

2013年には秋田県立大学の客員教授となっています。

俳優と農業の二足の草鞋を履く永島さん。

妻からは俳優のみに打ち込んでいたら、傲慢な人間になっていた可能性を示唆されたそうです。

それが農業をする事で人間として成長したのかもしれませんね。

永島敏行が車椅子生活に?


俳優だけでなく農業コンサルタントとしても活動する永島敏行さん。

毎日多忙な日々を送っていることでしょうが、車椅子生活をしているという情報がありました。

気になったので詳しく調べてみると情報の発端はドラマ「BG〜身辺警護人〜」。

木村拓哉さんが民間警備会社の身辺警護人を演じたことで話題となった同ドラマ。

このドラマで永島さんが演じた役が車椅子で生活する役だったんです。

そのため車椅子生活という情報が出たようです。

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