根岸吉太郎の結婚と妻。森下愛子との関係。実家、弟など家族について

『探偵物語』などのヒット作品を撮った映画監督、根岸吉太郎(ねぎし きちたろう)さん。

2009年には『ヴィヨンの妻 〜桜桃とタンポポ〜』を監督し、若い世代の文学好きな女性からも人気を得た印象があります。

東北芸術工科大学の学長としても活動し、現在は理事長を務めていますが、そのプライベートはあまり知らないという人もいるかもしれません。

結婚と妻の詳細、森下愛子との関係、実家と弟について家族情報を見ていきましょう。

根岸吉太郎のプロフィール


本名:根岸吉太郎

生年月日:1950年8月24日

身長:不明

出身地:東京都台東区浅草

最終学歴:早稲田大学第一文学部演劇学科

根岸吉太郎の結婚と妻の情報

根岸さんの結婚と妻の詳細な情報はありませんでした。

結婚の時期が不明なうえ、妻のこともわからない以上、一般女性と結婚されているのだと思います。

ご自身のTwitterでは、大学と仕事、社会問題に関するツイートが多く、あまりプライベートな話はしていません。

家庭的というよりは仕事人間という印象を受けたので、妻がいるとしてもあまり表舞台にその情報を出すことはしないのでしょう。

子供がいるという噂もありますが、未婚か事実婚だった可能性もあり、あまり本人としては触れられたくない点なのかもしれません。

根岸吉太郎と森下愛子の関係

藤田敏八監督の『もっとしなやかに もっとしたたかに』は1979年公開の映画で、藤田さんの弟子である根岸さんも助監督として参加しています。

これに主演した森下愛子さんと根岸さんは、かつて交際していました。

結婚の噂まで流れていたにもかかわらず、1986年に森下さんは歌手の吉田拓郎さんと結婚します。

急展開でしたが、中村雅俊さんが仲介した結果という情報もあります。

森下さんとしては根岸さんに対してさほど思い入れがなかったのかもしれません。

このときのショックが原因かは不明ですが、根岸さんはその後、目立った交際の噂も立ちませんでした。

屈辱やトラウマなどもあり、色恋より仕事に専念しようと考えたのかもしれませんね。

根岸吉太郎の実家

根岸さんの実家は、浅草にある老舗の浪曲寄席・木馬亭です。

祖父である興行師の根岸吉之助さんが築き上げました。

根岸家は明治から大正にかけて代々興行師として活動し、浅草の興行の発展に尽力しています。

根岸さんの母・京子さんは2019年に91歳で亡くなりますが、長年にわたって木馬亭で席亭、いわゆる主人としてファンに愛され続けていました。


そのような環境で育ち芸事への造詣が深かった根岸さん。

大学では演劇科に進学し、卒業後日活で映画の道へ進むほど、一途に芸術を追い求めていたのは当然ですね。

根岸吉太郎の弟は? 家族について

根岸さんの家族情報ですが、兄弟はいるのでしょうか。

根岸さんは長男ですから、家を継がずに映画の道へ進んだ分、弟がいないと実家の木馬亭の席亭がいなくなってしまいますね。

2019年12月17日、母の京子さんが亡くなった後、根岸豊社長が席亭となりました。

つまり豊さんが京子さんの次男、根岸吉太郎さんの弟です。

あまり情報はないものの、本来なら家を継ぐはずの長男が日活に入った時点で、自身が継がざるを得なくなった可能性が高いですね。

不本意だったかどうかはわかりませんが、現在では代々続く伝統の灯を絶やさないよう尽力されているようです。

兄弟の父で、京子さんの夫であった2代目根岸浜吉さんは、1984年に木馬亭を改革する案を発表するなど木馬亭の後世への継承に邁進していました。

しかし改革案発表の直後に脳出血で倒れて亡くなりましたので、志半ばだったことがうかがえます。


根岸興業部の創立者である初代・浜吉以降、脈々と引き継がれる意志を絶やすまいと、豊さんは前向きに取り組まれているのでしょう。

根岸さんには、偉大な家族のDNAがあるからこそ、本人の努力と共に芸術に対する生まれながらの才覚があったに違いありません。

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