清水由貴子の死因(直接的・間接的)とは?遺体の傍に遺書?結婚せず独身&小西博之が激怒

欽ちゃんファミリーの一員としていつも明るい姿を見せていた清水由貴子(しみず ゆきこ)さん。
自ら命を絶つ決断をすることを一体だれが予想できたでしょうか。

清水由貴子の死因は?

伝説のオーディション番組「スター誕生!」に出演し芸能界入りした清水由貴子さん。
歌手としてデビューすると多くの新人賞を獲得するもヒット曲には恵まれず。


その後、「スター誕生!」の司会をしていた萩本欽一さんの後押しがありドラマやバラエティに進出。
1990年代に入ってからは女優だけでなくレポーターとしても活躍していました。

このようにマルチに活躍していた清水由貴子さんですが2006年に実母の介護を理由に所属事務所を辞めて独立。
長年お世話になった事務所から独立するとトラブルに発展するケースも多いですが、清水由貴子さんの場合は理由が理由なのでトラブルはありまえんでした。

事務所を独立後は長年レギュラーとして出演していた「ともちゃん家の5時」のみに出演。
その他の仕事は断っていたそうですが、番組のリニューアルに伴い降板するとそのまま芸能界からも引退しています。

仕事よりも母の介護を選んだ清水由貴子さんですが2009年4月21日に死去。
富士霊園にある父の墓前で硫化水素が充満するポリ袋を顔に被せた姿で亡くなっていたそうです。

直接の死因は硫化水素を使った自殺ですが関節的な死因となったのが「介護うつ」。
母親の介護に一生懸命になり過ぎたあまりに介護うつとなってしまったようです。

亡くなった清水由貴子さんの横には車椅子に座った母親がいたことから無理心中を図ったとも言われています。
もし清水由貴子さんが芸能界を引退しなければ気分転換にもなり介護うつにはならなかったかも知れません。

清水由貴子の遺体の傍に遺書が?

父親の墓前で亡くなっている姿で発見された清水由貴子さん。
清水由貴子さんの遺体の傍には車椅子に乗った母と手書きの遺書が残されていたそうです。

(引用)消防に通報してください。ご迷惑をおかけします(引用)

(引用)東京で葬儀をあげないでください(引用)

遺書にはこのような言葉が書かれていたようです。
また、手書きの遺書の他にも妹の良子さんに送ろうとしていた遺書メールが発見されており、その内容も明かされています。

(引用)良ちゃん 母ちゃんを連れていく事許して下さい 天国で良子の幸せ見守っています 母ちゃんの部屋に手紙があります よろしくお願いいたします じゃぁね さよなら ごめんね(引用)

妹に母の介護で大変な思いをさせたくないという清水由貴子さんの悲痛な思いが伝わってきます。
どれだけ清水由貴子さんが追い詰められていたかが痛いほど分かります。

清水由貴子は結婚していた?

介護うつにより自ら命を絶ってしまった清水由貴子さん。
周囲に心のケアが出来る人や頼りになる人がいれば清水由貴子さんは今も元気だったかもしれません。

長らく芸能界で活躍していた清水由貴子さんですがプライベートでは生涯独身。
小学校3年生の時に父親を亡くし母子家庭となった清水由貴子さん。
生活保護を受け、奨学金制度を受けて高校に進学するなど経済的にはかなり厳しかったようです。

1994年には推定1億円ともいわれる自宅を新築し母と妹と3人で生活していたそうです。
自分の幸せよりも家族の幸せを選択した清水由貴子さん。

家族のためにと頑張り続けたことで結果的に「うつ」を発症してしまったんですね。

清水由貴子への怒りをあらわにした小西博之

清水由貴子さんが亡くなったニュースを受け、多くの関係者が清水由貴子さんを悼むコメントを出しています。
ですが、ただ一人だけ

(引用)自殺で死ぬなんて、僕は一生ユッコを許さない。天国なんかに絶対に行かせない。冥福も祈らない。僕が引き戻してやるから(引用)

と怒りをあらわにした人がいました。
その人とは小西博之さん。

清水由貴子さんと同じく欽ちゃんファミリーの一員として活躍していた小西博之さん。
二人でデュエットCDを発売したこともあり、欽ちゃんファミリーの中でも強い絆で結ばれていたことでしょう。
小西博之さんはそれだけに清水由貴子さんが自殺したことに怒りを覚えたようです。

小西博之さんは怒りのコメントを出しただけでなく、清水由貴子さんの通夜と葬儀も欠席しています。

清水由貴子さんが亡くなってから6年後の2015年のこと。
小西博之さんは「爆報! THE フライデー」に出演し、清水由貴子さんの7回忌の時に初めて墓参りに訪れたことを明かしました。

また、同番組で小西博之さんは

(引用)僕はユッコちゃんに助けられたけど、僕はユッコちゃんを助けられなかった。それが悔しくて…(引用)

(引用)話聞いてあげればよかった。ごめんな(引用)

このように語っていました。
清水由貴子さんが亡くなった時の怒りは清水由貴子さんに向けられたものではなく自分自身に対する怒りだったようです。

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