常に新しいスタイルに挑戦し、世界のアニメ・クリエイターに多大な影響を与えた高畑勲(たかはた いさお)監督。
天才と呼ばれるゆえんや宮崎駿監督との仲、海外の評価のほか、監督の名言や左翼思想について紹介します。
天才・高畑勲
アニメのキャラクターに演技的な感情表現や奥行きを盛り込み、リアリズムを追求した高畑勲監督。
1959年に東大仏文科を卒業した高畑監督は、ひょっとしたらおもしろいかも、という軽い気持ちで東映動画(現・東映アニメーション)に入社しました。
在学中に観たフランスのアニメ映画に感動した経緯もあったのでしょう。
「東洋のディズニー」を目指していた東映動画。
当時のアニメ作品は、例えば喜怒哀楽の感情表現についても、誇張や省略の手法で作るものが主流でした。
高畑監督は作品を緻密に構成し、徹底した生活描写と舞台設定を行います。
監督が追求したのはリアルで自然な、説得力のあるアニメーション。
ひと言でいえばリアリズムですね。
『アルプスの少女ハイジ』では、当時のアニメ界では異例の海外ロケーション・ハンティングを敢行。
スポ根ものでもロボットものでも魔法少女ものでもない、田舎の生活や質素な衣食住を描いただけの作品が、はたして1年間のテレビアニメになるのか。
このハードルに挑戦し、見事に証明してみせた高畑監督。
親交のあった映像研究家・叶精二さんの高畑監督評です。
「高畑監督は世界のアニメーションを革新した。
類型化された抽象ファンタジーで、喜怒哀楽が極端だったアニメに、悲しいのに笑っているなどの中間的な演技表現を持ち込み、人間が生々しく生活しているような臨場感も描いた。
背景美術とキャラクターが一体化し、一つの絵画のように動くことも含め、類型がないことをし続けた巨人。
高畑監督の仕事は何十年も先を行っていたため、本当に評価されるのはこれからだと思う」
高畑監督はまた、独自の感性で音楽の演出もしていました。
主題歌や挿入歌の作詞や訳詞を手がけた作品もあるので、監督の名作群を観るさいはぜひ音楽にも注目してみてくださいね。
高畑勲と宮崎駿の仲は?
宮崎駿監督は東映動画時代の後輩でした。
長年にわたって、ともに作品を作ってきた盟友でもありますね。
『天空の城ラピュタ』を制作してくれるアニメーションスタジオを探していた宮崎監督に、ならスタジオを作ってしまおうともちかけて設立したのがスタジオジブリでした。
ところが高畑監督は、盟友が監督を務めた『風の谷のナウシカ』について、「宮さんが新しい地点に進むだろうという期待感からすれば
30点」と酷評。
宮崎監督が激怒した話は有名です。
88年には高畑監督の『火垂るの墓』、宮崎監督の『となりのトトロ』が同時上映で公開され、「リアリティの高畑」、「ファンタジーの宮崎」を決定的に印象づけました。
作家性の違いによって、作品の上では交わることがなくなってしまった二人。
しかし、宮崎監督のモチベーションは高畑監督に認めてもらうことにあったのです。
ふたりの巨匠を支えてきたスタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーは、「宮さんはじつはただひとりの観客を意識して、映画を作っている。
宮崎駿がいちばん映画を見せたいのは高畑勲」と断言したことがあるほどだ。
宮崎駿監督自身もインタビューで「宮崎さんは夢を見るんですか?」との問いに、「見ますよ。
でもぼくの夢はひとつしかない。
いつも登場人物は高畑さんです」と答えたことがある。
ライバル関係にありながら、宮崎監督にとって高畑監督は常に偉大な存在だったのですね。
高畑勲の海外の評価
アニメーションの表現描写の可能性を世界に示した高畑勲監督。
スイス・ロカルノ国際映画祭の名誉豹賞などの受賞をはじめ、フランス芸術文化勲章オフィシエを受章しています。
アメリカではアカデミー会員候補に選出されました。
これは国籍に関係なく、監督や脚本家、俳優など各分野で功績のあった映画人を対象とするものです。
高畑勲の名言と左翼思想
高畑監督が『火垂るの墓』のつぎに取り組もうとしたテーマは、日本の侵略戦争と加害責任でした。
1989年の天安門事件の影響で企画が流れた、この幻の作品についてはあまり知られていません。
原作は、しかたしんさんの小説『国境』。
高畑監督は代表作である『火垂るの墓』について、あれは反戦映画ではないと発言しています。
高畑勲監督「攻め込まれてひどい目に遭った経験をいくら伝えても、これからの戦争を止める力にはなりにくいのではないか。なぜか。為政者が次なる戦争を始める時は「そういう目に遭わないために戦争をするのだ」と言うに決まっているからです。自衛のための戦争だ、と。」https://t.co/zsRPFMBv6W
— KO_SLANG (@KO_SLANG) April 7, 2018
監督は、戦争の絶対的な歯止め役が憲法第9条だったと主張します。
集団的自衛権の行使を認めることは、海外では戦争ができなかった日本がどこでも戦争ができるようになるということですね。
高畑監督は、戦争というものは、始まってから反対の声を上げるのは難しく、始まってからでは手遅れだと言っているのです。
先の戦争も、始まったから勝つしかなくなったのだ、と。
確かにひとたび戦争が始まれば「必要最小限度の武力行使」も「うまくコントロールしてやる」ことも不可能に近いでしょう。
左翼として知られていた高畑監督は、日本共産党支持も表明していました。
戦争のできる国づくりを止めようと、積極的な発言や活動をしていた高畑勲監督。
『火垂るの墓』があれほど人々の心に響いたのも、高畑監督のリアルな戦争体験が強く反映されていたからにほかありません。
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