村井邦彦の息子・妻・元妻など家族まとめ。ユーミンとの関係とは

『翼をください』や『虹と雪のバラード』などの作曲者として知られるだけでなく、自ら設立したアルファレコードでユーミンやYMOを成功させるなどプロデューサーとしても活躍してきた村井邦彦(むらいくにひこ)さん。

第61回グラミー賞 で快挙を成し遂げた息子、ヒロ・ムライさんのニュースは記憶に新しいですね。

この機会に村井邦彦さんの妻や元妻ほか家族についてまとめてみたいと思います。

また、村井邦彦さんが世に出したユーミンとのエピソードも合わせてお送りします。

村井邦彦の息子ヒロ・ムライはLA在住の映像作家

2019年2月、第61回グラミー賞で最優秀ミュージック・ビデオ賞に輝いたヒロ・ムライさん。

村井邦彦さんの息子との報道には驚きましたね。

受賞作品は、ラッパーや俳優として活躍するチャイルディッシュ・ガンビーノさんの『This is America』のMV。

作中では、ダンスを踊るガンビーノさんのバックに、自殺や銃撃といった光景が映し出されます。

陽気にダンスするガンビーノさんとショッキングなシーンの対比が強烈です。

タイトルが示すように、アメリカが抱える社会問題を浮き彫りにした演出が以前から大きな話題を呼んでいたようです。

ヒロ・ムライさんは東京生まれですが、9歳の時に父・村井邦彦さんがアメリカに拠点を移したのに伴いロサンゼルスへ。

南カリフォルニア大学映画学部在学中からMVを制作するようになりました。

監督を務めたテレビコメディードラマ『アトランタ』ではゴールデングローブ賞を受賞しています。

村井邦彦さんはそんな息子について、黒澤明監督を例に引きながら、絵が得意な子供だったから将来は映像の世界に進むのではないかと思っていたとコメント。

これを機会に、ヒロ・ムライさんの過去の作品をチェックしてみるのもいいと思います。

村井邦彦の妻・元妻など他の家族は?

1992年に著作権を取り扱う音楽出版社の経営のためロサンゼルスに拠点を移した村井邦彦さん。

2017年には作曲活動50周年を迎えましたが、後半の25年はアメリカ在住になります。

当初は会社経営が軌道に乗りしだい帰国する予定でしたが、子供は9歳と7歳。

やがて大学受験の年齢になり、アメリカの大学に進学することに。

音楽的な環境もよかったため、あっという間に25年以上たってしまったそうです。

今はアメリカと日本を往復しながら活動中。

ヒロ・ムライさんの妹にあたる娘は、アイルランド人男性と結婚してダブリンで暮らしているそう。

村井邦彦さんの元妻は、作詞家・訳詞家の大橋一枝さんです。

一時期はアルファミュージックの代表取締役も務めていました。

アルファミュージックは村井邦彦さんが1969年に設立した音楽出版社。

のちにレコード会社アルファレコードになりますが、アメリカ進出に失敗。

その責任を取る形で、村井邦彦さんは1985年に退任します。

アルファレコードの業務は新会社アルファミュージック(二代目)に移管され、その社長に就任したのが大橋一枝さんでした。

大橋一枝さんがヒロ・ムライさん兄妹の母親と考えるのが自然なのですが、それを裏付ける確たる情報はありません。

また新しい妻についても、結婚の時期などの詳細は不明です。

ユーミンを見いだした男・村井邦彦

アルファミュージックを旗揚げした時、契約第1号の作曲家となったのがユーミンこと松任谷由実(当時は荒井由実)さんでした。

初めてユーミンの曲を耳にしたのは、元ザ・タイガースの加橋かつみさんのレコーディングの時のこと。

自分が提供した曲の前に録音された楽曲に感銘を受けた村井邦彦さん。

提供者は誰かと加橋かつみさんに訊ねると、由実という女の子という返答。

初対面のユーミンはまだ高校生で、とても真面目な印象を受けたそうです。

最初の頃はユーミンの手による楽曲を他のアーティストに提供していましたが、やがて自分が歌うことに。

シンガーソングライター・荒井由実の誕生です。

このあと村井邦彦さんは、細野晴臣さんが構想を温めていたYMOの始動をサポートして世界的な展開へと発展させていきます。

大学時代、すでにレコード店を経営していたという村井邦彦さん。

まだ世に出ていない才能の発掘に尽力したのはもちろんですが、海外の版元と契約して洋楽の版権を取得するなど、ビジネスマンとしての才覚も持ち合わせた作曲家といえるでしょう。

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