三木たかしの娘(ようこ)は再婚した妻の長女。妹と家族。天才の理由とは

2009年5月に下咽頭がんのため他界した三木たかし(みきたかし)さん。

作詞家の阿久悠さん、荒木とよひささんらと強力なタッグを組み、『津軽海峡・冬景色』『時の流れに身をまかせ』など歌謡史に残る名曲を送り出した作曲家人生でした。

ここ最近、娘のようこさんがメディアで話題を呼んでいるようですね。

今回は、二度目の妻の長女・ようこさんにフォーカスするとともに、妹の黛ジュンをはじめとする家族について、また天才と呼ばれる理由について迫ります。

三木たかしのプロフィール

本名:渡邊 匡(わたなべ ただし)

生年月日:1945年1月12日

出身地:東京都

三木たかしの娘・ようこは二度目の妻の長女

恋多き男と自ら認め、手がける曲はすべて自分が過去に思いを寄せた女性か、その時恋していた女性をイメージして創作したという三木たかしさん。

1971年、26歳で歌手の松平マリ子さんと結婚し、のちに離婚していますが、これが初婚かどうかは不明です。


一方、娘のようこさんについてわかっているのは、二度目の妻の長女として1984年に誕生したことと、両親は離婚したこと。

母親は松平マリ子さんの可能性も捨てきれないのですが、それを裏付ける情報はありません。

ようこさんが冗談めかして、父は何度離婚したか忘れたと語っているところをみると、松平マリ子さんの娘ではない可能性が高いでしょうか。

ようこさんは2018年11月発売の『週刊ポスト』で人生初のヘアヌードを披露。

153cmと小柄ながら、Eカップの美乳と大人の色香をアピールして話題を呼びました。

続いて2019年1月にはファースト写真集『ようこ』を発表。

もともとようこさんは「ゴールデン小雪」の芸名で一時期芸能活動をしていたことがあり、グラビアアイドルとして活躍するかたわら、バラエティ番組にも出演した経歴の持ち主です。

その後はOLとして普通に働いていたそうです。

以前から小倉優子さんやほしのあきさんのファンだったというようこさん。

ヘアヌードのオファーを受けた際は躊躇したものの、グラビアが大好きだったこともあり、きれいな姿を残しておけるならと引き受けたそうです。

撮影を担当したのは、これまで 南野陽子さんや中森明菜さん、GACKTさんといった様々な有名人を撮影してきた写真家の野村誠一さんでした。

ようこさんは、とても綺麗に撮ってもらったことに感謝していて、「やってよかった」と語っています。

それにしても、歌謡界の大御所・三木たかしさんの娘がヘアヌード。

天国のお父さんはさぞ心を痛めているだろうと思いきや、意外にもそうでもないようです。

生前は、犯罪を起こさなければ何をしてもいいと言われていたのだとか。

三木たかしさんはようこさんを溺愛していたそうで、ようこさんは一度も叱られたことがなかったといいます。

エピソードとして、ようこさんが、父のラジオのオンエア中に電話をしてしまったことがあったそうですが、生放送中でも娘からの電話に出たということがあったそうです。

また、恋多き男だった三木たかしさんに彼女が出来るたび、ようこさんには紹介していたといい、とても良い親子関係だったことが伺えます。

ようこさんは、ヘアヌードを出したことに対して、楽しいことが大好きだった父のことだから、きっと応援してくれているはずと語っていました。

今後も芸能活動に意欲をみせているそうです。

三木たかしの妹は歌手の黛ジュン。その他の家族は?

『天使の誘惑』で知られる歌手で女優の黛ジュン(まゆずみ じゅん)さんは、三木たかしさんの三つ違いの妹です。

家族は両親と2男2女の4人兄妹でした。

三木たかしさんのギターで歌いながら育ったという黛ジュンさん。

兄妹のうち、この2人が船村徹さんのもとで歌手を志します。

船村徹さんに作曲の道を勧められた三木たかしさんは、1968年に黛ジュンさんに『夕月』を提供。

この曲がオリコンチャート2位のヒットとなり、作曲家としての名声を確立します。

黛ジュンさんによると、兄の音楽に対する姿勢は厳しかったとのこと。

レッスンではOKがでるまで何度も歌い直しをさせられたそうです。

けれどもテレビ出演後は必ず連絡をくれ、会う時は黛さんがプレゼントした時計を必ずつけてくる心遣いをみせたそう。

メールにも体調を気遣う温かい言葉がいつも添えてあったそうです。

2009年、三木たかしさんが旅立った時は看取ることができなかったという黛ジュンさん。

悲しみをあらわにしていたそうで、黛ジュンさんにとって兄の存在はとても大きかったようです。


最期を見守ったのは30歳下の妻・恵理子さんでした。

黛ジュンさんは両親、長兄に続いて次兄も失ったことになります。

妹・黛ジュンの不倫相手は大物政治家!

三木たかしさんは恋多き男として知られていましたが、妹の黛ジュンさんも恋多き女でした。

1970年にミュージシャンの江藤勲さんと結婚した黛ジュンさん。

しかし、わずか3年で離婚しています。

原因は、江藤勲さんの家庭内暴力だったそうなので、離婚は仕方ないですね。

続いてミュージシャンでドラマーの石田秀雄さんと結婚しましたが、格差婚を理由にまたも離婚。

黛ジュンさんの方が収入が多かった事が原因で上手くいかなかったそうです。

これも仕方ないといえば仕方ないですね。

二度の離婚を経験している黛ジュンさんですが、婚約破棄も二度経験するなど、なかなか幸せな結婚に辿り着くことができません。

さらには、不倫も経験しているというから驚きです。

2017年4月に放送された「爆報!THEフライデー」で、大物政治家と不倫していたことを明らかにしたのです。

不倫というより、愛人生活といったほうがわかりやすいかもしれません。

というのは、その大物政治家には、本妻の他に、愛人が2人いて、黛ジュンさんは4番目の愛人だったというのです。

江戸時代の大奥の側室みたいですよね。


実際には、その大物政治家主催のパーティーに呼ばれた黛ジュンさんは、一千万円相当の宝石と引き換えに愛人契約を結んだといいます。

2020年現在では信じがたい話ですが、本人が番組で語っているので、昔はこのようなことが実際にあったのでしょう。

残念ながら、番組内で大物政治家の名前は明かされませんでしたが、名前を言わないということは、大して有名な人ではないという可能性もありますね。

恋愛経験豊富ですが、結局誰とも上手くいかなかった黛ジュンさん。

男運のない星に生まれてしまったのかもしれませんが、人生結婚だけが全てではないので、それなりに幸せな人生を送っていることでしょう。

天才・三木たかしにジャンルは関係なし!

わずか13歳の時に、10曲ほど作った歌を船村徹さんに見てもらったという三木たかしさん。

『津軽海峡・冬景色』『北の蛍』『夜桜お七』などの一連の作品から、演歌系の作曲家というイメージを抱かれがちかもしれません。

しかし同時期に、西城秀樹さんの『君よ抱かれて熱くなれ』『ブーメランストリート』、あべ静江さんの『みずいろの手紙』、岩崎宏美さんの『思秋期』といったポップス系の作品も多く手がけています。

筆者の一押しは伊藤咲子さんへ提供した『乙女のワルツ』。

いずれも情感豊かでスケール感のある曲調ですね。

意外なところではアニメ主題歌『アンパンマンのマーチ』や全国高等学校サッカー選手権の大会歌『ふり向くな君は美しい』、そして『李香蘭』『異国の丘』などのミュージカル音楽。

ジャンルを超えた縦横無尽な活躍ぶりをみると、天才と呼ばれる理由も納得です。


持って生まれた才能に加えて努力も怠らなかったという三木たかしさん。

存命であれば、おそらくこの先も新たな傑作が生まれたことでしょう。

64歳という早すぎる死が本当に悔やまれます。

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