可愛かずみの元彼は野球選手。死亡した駒場マンション、死因とは。遺書と結婚間近の婚約者

今となっては芸能界で活躍するには純粋過ぎたと言わざるを得ない可愛かずみ(かわいかずみ)さん。

あまりにも突然で衝撃的な最後に当時は誰もが驚いた事でしょう。

可愛かずみの元彼野球選手とは誰?

1980年代から1990年代にかけて女優、歌手、グラビアアイドルとして活躍した可愛かずみさん。

学生時代は芸能界に興味はなく、美容師を目指していたんだとか。

ですが、その美貌は人目を引くものだったのでしょう。

高校在学中にスカウトされた事でモデル事務所に登録。

そして女優デビュー作の映画「セーラー服色情飼育」で主演を務める事に。


ただ、同映画がロマンポルノ作品という事で当初は出演を躊躇した可愛かずみさん。

ですが所属事務所に「ステップアップになる」と言われた事で際どいシーンはNGという条件で出演。

すると、愛らしいルックスと抜群のスタイルで一躍注目の的に。

同作に出演する際に言われた通りステップアップに成功した可愛かずみさん。

結局、ロマンポルノに出演したのはこの1作品だけ。

その後は正統派の女優としてポルノではない、いわゆる「普通」のドラマや映画に数多く出演。

また、歌手活動も行いグラビア、バラエティ番組にも引っ張りだこ。

可愛かずみさんが芸能界で一時代を築いた事は間違いありません。

そんな可愛かずみさんとの交際が報じられたのが当時、ヤクルトスワローズ所属の川崎憲次郎さん。

可愛かずみさんよりも6歳年下の川崎憲次郎さん。

小学生の頃から可愛かずみさんのファンだったそうです。

そのため川崎憲次郎さんの方が猛烈なアプローチをした事で交際に発展したのでしょうね。

一時は結婚間近とまで言われた二人。

ところが川崎さんが怪我をした事で関係に亀裂が生じるように。

そして「治療に専念する」という理由から二人は破局してしまいます。

川崎さんにしてみれば「このままでは可愛かずみさんを幸せに出来ない」という思いがあったのでしょう。

怪我により本業で結果を出せなければそのように思っても仕方がありません。

ただ、この別れが可愛かずみさんに想像を絶する衝撃を与える事になってしまいました。

死亡した駒場マンションは元彼の自宅だった

結婚間近と言われた川崎憲次郎さんと可愛かずみさんが破局したのは1995年のこと。

その翌年、志村けんさんとのツーショット写真が週刊誌に掲載されてしまいます。

すると、この頃から可愛かずみさんは精神的にかなり不安定な状態に。

1996年12月、1997年1月と立て続けにリストカット。

それから約4か月後の1997年5月9日にも再びリストカット。

ただ、縫合後は食事を完食した事から「精神的に安定した」とその場にいた誰もが思ったそうです。

ところがその日の夜、「病院に行く」と自宅を後にした可愛かずみさん。

すると、駒場にあるマンションから飛び降り自殺をしてしまいます。

しかもそのマンションは川崎憲次郎さんが暮らしていたマンション。

自宅を出た時間と死亡推定時刻から可愛かずみさんは真っすぐこのマンションに向かったと言われています。

明るい人柄で芸能界に友人も多かったという可愛かずみさん。

そんな可愛かずみさんが飛び降り自殺をした事に衝撃を受けた人は多かったはず。

よっぽど川崎憲次郎さんとの別れが辛かったのでしょうか。

川崎憲次郎さんが住んでいたマンションから飛び降りた事からも河合かずみさんの未練が伝わってくる気がします。

可愛かずみの死因


元彼氏である川崎憲次郎さんが住んでいたマンションから飛び降りた可愛かずみさん。

現場に救急車が来た時、すでに心肺停止の状態。

そして飛び降りた際に頭蓋骨を骨折した事が死因となり亡くなってしまいます。

32歳というあまりにも早すぎる死は日本中に衝撃を与えました。

遺体の安置所には多くの友人が駆け付け付き添っていたんだとか。

今でも「それだけ多くの人に慕われていたのになぜ」と思わずにはいられません。

当初は事故の可能性も視野にいれて捜査が行われたそうです。

ですが、飛び降りた現場に揃えた靴と財布、免許証が残されていた事から自殺と断定されることに。

ただ、目撃者の証言によると可愛かずみさんは非常に安らかな顔をしていたそうです。

きっと可愛かずみさんは未練を残す事なく旅立てたのでしょう。

この事がせめてもの救いと言えるかも知れません。

可愛かずみは遺書を残していた

自宅を後にして駒場マンションに向かった可愛かずみさん。

そのため、突発的に死を選んだと思われていました。

ですが、2014年になって可愛かずみさんが遺書となるメモを残していた事が発覚。

テレビ番組でその事実とメモの内容が明かされ大きな話題となりました。

可愛かずみさんが残したメモの宛先は父。

その中には親友だった女優、川上麻衣子さんへの感謝と「麻衣ちゃんをよろしく」というメッセージが。


可愛かずみさんには自分がいなくなることで川上麻衣子さんが大きなショックを受ける事が分かっていたのでしょう。

そのフォローを父に依頼していたんですね。

また、同番組では可愛かずみさんが「過換気症候群」を患っていた事。

抗うつ剤や精神安定剤に依存していた事も明かされました。

亡くなる前まで友人を思いやる優しさを持っていた可愛かずみさん。

ですが、自分が置かれた状況と将来を悲観して死を選んでしまったのでしょう。

誰かが手を差し伸べていれば、可愛かずみさんの心境に変化があったのでしょうか。

今となっては誰にもその答えは分からないままとなってしまいました。

可愛かずみには結婚を控えた婚約者いた

1997年5月9日に帰らぬ人となった可愛かずみさん。

実はその翌日に実業家の男性と婚約する予定だったと言われているんです。

その2か月後には結婚まで予定されていたんだとか。

可愛かずみさんの婚約者と言われているのが國保尊弘さん。

現在は著名人のマネジメントを行う株式会社ジェイロックの代表取締役を務めています。

ただ、國保尊弘さんがマネジメント会社を立ち上げたのは1997年11月4日。

つまり、可愛かずみさんが亡くなってから。

可愛かずみさんが亡くなった当時は自動車販売会社を経営していたそうです。

自動車販売会社とマネジメント会社には何の接点も感じられません。

もしかすると可愛かずみさんの死を受けて「タレントに寄り添う企業を作りたい」という思で企業したのかも。


可愛かずみさんが亡くなった日と企業した日がそう遠くない事からもそのように思えてなりません。

亡くなった後も多くの人の人生に影響を与えた可愛かずみさん。

願わくばもう暫く表舞台で活躍する可愛かずみさんの姿を見たかったものです。

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