河瀬直美の生い立ちと養子縁組。奄美大島のルーツ。ファッションの特徴と離婚の噂

1997年に『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭の新人賞を受賞し、世界的映画監督となった、河瀬直美(かわせ なおみ)さん。

代表作を観たことはあっても、監督自身の経歴についてはあまり知らないという人もいるのではないでしょうか。

河瀬さんの生い立ちと養子縁組の経緯、奄美大島にあるというルーツを見ていき、その経歴をたどりたいと思います。

あわせてファッションの特徴や離婚の噂についても見ていきます。

河瀬直美のプロフィール

本名:河瀨直美

生年月日:1969年5月30日

身長:167cm

出身地:奈良県奈良市紀寺町

最終学歴:大阪写真専門学校映画科

所属事務所:組画(くみえ)

河瀬直美の生い立ち。養子縁組の経緯


奈良県で生まれた河瀬さんですが、生まれたとき両親は既に別れていました。

そこで母親によって、大伯母夫妻に預けられ、小学校4年で夫妻と養子縁組をします。

養母は戦後、旧満州からの引き揚げという壮絶な体験をしているため、当たり前の生活に感謝し丁寧な暮らしを大切にする人だったそうです。

心優しい養母夫妻に、河瀬さんはすっかり懐いていたため、「かあさん」という言葉で思い浮かべるのは養母の顔だと発言しています。

2020年公開の最新作『朝が来る』で描かれている特別養子縁組による家族の姿には、養母への思いが大きく影響しているのでしょう。

撮影中、カメラを回しながら思わず涙したそうですから、養母への思いがこみ上げた瞬間があったに違いありません。

奄美大島のルーツ

2008年、河瀬さんは初めて奄美大島を訪れました。

その理由は、実の祖母から、自身のルーツが奄美大島にあると告げられたこと。

祖先の暮らした土地を自分の目で確かめるべく、島を巡り自然に触れているうちにインスパイアされ、2012年にはこの土地で映画の製作を開始。

2014年に、奄美大島の雄大な自然と若い男女の愛を描いた、映画『2つ目の窓』を完成させます。

『2つ目の窓』は見事ドルトムント国際女性映画祭でグランプリを受賞するなど、数々の賞に輝き、世界的な評価を受けました。

河瀬直美のファッションの特徴

2017年、第20回釜山国際映画祭で、孤独な天才ファッションデザイナーを描いた短編映画『嘘 – LIES -』を発表した河瀬さん。

ご自身も映画祭などでドレスを着る機会があるため、ファッションにはこだわりがあるのではないでしょうか。

インタビュー記事などに掲載された写真を見ていると、黒やグレーといった無彩色の洋服を好んで身に着けている印象を受けます。


たまにカラフルなケープを羽織った姿も見られますが、基本的には地味で落ち着いたトーンのものを着用しているようですね。

2015年のカンヌ映画祭では、露出度のやや高い黒のドレスを着て、女優顔負けのファッションだと話題になりました。

筆者としては、単純に黒やグレーがお好きなだけでなく、いまだ男性社会として知られる映画界で戦い抜くための勝負服として地味な色の洋服を選んでいる可能性も考えました。

さらに、まるで女優のようにセクシーなデザインのドレスをまとい、世界にインパクトを与えることでより多くの女性が映画界に躍進できるよう訴えているのかもしれません。

河瀬直美の離婚の噂について

河瀬さんに離婚歴があるか否か、ネットでは多くの噂が飛び交っていますが、真偽のほどはどうなのでしょうか。

実際にはこれまでに1度は離婚を経験されています。

初婚の相手は、『萌の朱雀』のプロデューサーだった仙頭武則さん。

仙頭さんは『リング』を手掛けたことでも知られる、日本を代表する映画プロデューサーです。

『萌の朱雀』を共につくりあげた2人は1997年にご結婚されましたが、結局2000年には離婚。

おそらく一流の映画人同士ということもあり、それぞれの映画へのこだわりなどで、衝突することも多かったのではないでしょうか。

筆者の印象では、河瀬さんは芸術性の高い作品を世界へ向けて発信しているように思えます。

一方で仙頭さんは、映画を商業的に成功させることで、日本のエンタメ業界に名を残したいタイプの方だったのではないでしょうか。

映画人として尊敬し合いながらも、志の異なる2人が決裂してしまったのは無理もないことでしょう。

その後は一般男性と再婚した河瀬さんですが、2004年に息子の「光祈」君を出産し、順調に結婚生活を送られているようです。


監督として家族愛や出産をテーマにした作品を手掛けているのも、やはり理解ある夫と大切な息子に恵まれたことが大きいのでしょう。

自身の生い立ちや離婚歴までも武器に、河瀬さんはこれからも「世界のカワセ」としてさらなる躍進をしていくに違いありません。

内田伽羅の大学と現在。イギリスでの生活と英語力。兄弟、本木雅弘との仲とは

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