大谷昭宏の評判。橋下徹とは犬猿の仲?がんで番組降板&病気から実感。歯に注目?

数々の情報番組でコメンテーターとして活躍する大谷昭宏(おおたにあきひろ)さん。

何物にも忖度する事がない真のジャーナリスト精神の持ち主のため賛否は大きく分かれているようです。

大谷昭宏の評判は賛否両論

これまでに数多くの情報番組に出演してきた大谷昭宏さん。

コメンテーターとしてお馴染みですが本業はジャーナリスト。

早稲田大学の政治経済学部を卒業した1968年読売新聞に入社。

入社した当初は徳島支局の勤務となりますが、2年後に大阪支局へ。

ここで上司だったのが後に日本ノンフィクション賞や菊池寛賞を受賞する黒田清さん。

その後は「黒田軍団」の一員として数々のスクープに携わる事に。


この活躍が社内でも高く評価されたのでしょう。

1980年からは朝刊のコラムを7年に渡って務める事となりました。

社内外に広く名を知られ、出世のレールに乗っていたと誰もが思った大谷昭宏さん。

ところが1987年に当時、取締役論説委員長だった渡辺恒雄さんと黒田清さんが対立。

そして退社を決意した黒田清さんと行動を共にするべく大谷昭宏さんも退社。

その後は共に立ち上げた「黒田ジャーナル」に所属し、ジャーナリストとしてテレビや雑誌等で活動。

大谷昭宏さんが様々な情報番組でコメンテーターを務めるようになったのもこの頃から。

読売新聞という大企業を退社した事で安定した生活は手放してしまったかもしれません。

ただ、きっとそれ以上のやりがいを手にしたのでしょう。

恐らくこの頃には「上司と部下」ではなく「志を共にした同士」と言える関係だった黒田清さんと大谷昭宏さん。

ところが、2000年7月に黒田清さんが亡くなった事で黒田ジャーナルは解散。

その後、大谷昭宏さんは個人事務所を設立してフリーのジャーナリストとして活動しています。

フリーになった事で表舞台から遠ざかってしまう人も少なくありません。

ですが、大谷昭宏さんはフリーになっても引く手数多。

それだけ替えの利かない優れたジャーナリストという証拠と言えるでしょう。

また、2018年に発表された好きなコメンテーター、嫌いなコメンテーター共にTOP20入り。

世間が求めるコメントだけしていれば嫌われる事はないでしょう。

ですが、それは本物のジャーナリストがする事ではありません。

時には嫌われる事を覚悟で厳しいコメントをする。

それこそが本当のジャーナリストというもの。

何者にも忖度せず自らが正しいと信じる主張を続ける大谷昭宏さん。

真のジャーナリストを体現する数少ない存在と言っても過言ではないでしょう。

大谷昭宏と橋下徹は犬猿の仲?

茶髪に革ジャン、Gパンと弁護士とは思えぬスタイルが話題となった橋下徹さん。

弁護士業と並行してタレントとしても活躍するなどお茶の間の人気者。

このまま弁護士兼タレントとして活動し続けると誰もが思ったはず。

ところが2007年に突如、大阪府知事選への出馬を発表し大きな話題となりました。

市政サービスの質の低さと税金の無駄遣いが問題になっていた当時の大阪府。

それにも関わらず府政のトップや役人達が重視するのは自分たちの地位と権利だけ。

この状況を放っておけないと考えた橋下徹さん。

子供や孫の世代のためにより良い大阪にしたいという思いから出馬を決意したそうです。

そして2位の候補者の倍近い票を獲得する大差で当選。

その後、「大阪維新の会」を結成するなど世論からの圧倒的な支持を獲得。

首相候補として名前が挙がるなど世の中に「橋下フィーバー」を巻き起こしました。

そんな橋下徹さんと情報番組で共演するなど旧知の仲である大谷昭宏さん。

一緒に焼き鳥屋に行ったり、府知事選に出馬する前は連絡するなど非常に親しい関係だったようです。

ところが友好的な関係だったのは過去の話で最近では対立関係に。

橋下徹さんが大谷昭宏さんに不快感を示す事が増えてきました。

一方の大谷昭宏さんも橋下徹さんを「大勘違い野郎」と酷評。

明らかに不快感を持っている事が分かります。

かつては非常に親しくしていたはずの二人。

一体なぜこのような関係性になってしまったのか残念でなりません。

大谷昭宏はがんで番組を降板した?

2014年5月に受けた人間ドッグで肝内胆管がんが見つかった大谷昭宏さん。

発見された時はかなり進行している事が多いという肝内胆管がん。

ですが、大谷昭宏さんの癌は早期発見でステージは1。


年に2回、人間ドックを受けていた事が早期発見に繋がったそうです。

同年7月に1週間ほどの検査入院を行い、手術を受けたのは8月下旬。

その後も半年に渡って抗がん剤治療を行っていたそうです。

ですが、大谷昭宏さんが仕事を休んだのは8月〜9月後半まで。

仕事を続けながら抗がん剤治療を行っていた事になります。

きっと早期発見だった事で術後の経過も順調だったのでしょう。

その後もジャーナリストとしての仕事を順調に続けていた大谷昭宏さん。

ところが2019年3月末に約18年もコメンテーターを務めた「スーパーJチャンネル」を降板。

ライフワークともいえる番組からの降板は大きな話題となりました。

おそらく、癌の再発による降板と思った人も多かったのではないでしょうか。

ですが、大谷昭宏さんの癌が再発したという情報は見つからず。

そのため降板の理由は癌ではなさそうです。

2019年4月からテーマ曲やテロップデザインを変えるなど革新が行われた「スーパーJチャンネル」。

大谷昭宏さんの降板もその一環だったのでしょう。

ただ、変えて良くなる事だけでなく、悪くなる事もあります。

コメンテーターの降板が良かったのか悪かったのか。

その結果が出るのはそう遠くはない事でしょう。

病気で改めて実感した事とは

前述の通り癌の治療のためレギュラー番組を休んだ時期があった大谷昭宏さん。

責任感がある方なので番組を休む事は非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだったはず。


ですが、病気になった事で改めて実感した事もあったそうです。

ます1つ目が「死に対する思い」。

新聞記者やジャーナリストとして多くの事件や事故に携わってきた大谷昭宏さん。

そのため間接的ながら多くの人々の死に触れてきています。

ですが、自らが癌になった事で死に対する思いが明らかに変わったそうです。

最近では完治する事が増えてきた癌。

ですが今でも癌で命を落としてしまう人は少なくありません。

大谷昭宏さんも癌になった事で死を身近に感じるようになったんだとか。

死は他人事ではなくいつ自分の身に降りかかるか分からない。

そんな視点を持てた事は間違いなく収穫と言えるでしょう。

そしてもう1つの収穫が「仕事のやりがい」。

番組を休む理由を詳しく明かさなかった事から視聴者から心配する声が多く寄せられたそうです。

なかには「なぜ辞めさせられたのか」という声もあったんだとか。

有象無象のコメンテーターであれば心配の声は殆どなかったはず。

ですが、多くの声が寄せられたという事はそれだけ多くの人々が気にしている何よりの証拠。

こうして自分が多くの視聴者に求められている事が分かった大谷昭宏さん。

改めて仕事のやりがいを感じる契機となったそうです。

病気をネガティブに捉えるかポジティブに捉えるかは心持ちひとつ。

大谷昭宏さんを見ているとそんな風に思えますよね。

大谷昭宏は歯にも注目が集まっている

何事にも忖度しない切れ味鋭いコメントで知られる大谷昭宏さん。

ただ、もう一つ印象的なものがありますよね。

それは「歯」。

上の前歯が出っ歯気味な大谷昭宏さん。

非常に目立つ場所なだけに注視してしまう人も少なくないようです。

一時はやや汚れた感じもあり余計に目立っていたように思います。

ですが最近は綺麗になったように感じられますよね。

もしかすると周囲に促されて歯科医院で綺麗にしたのかもしれません。


1945年生まれという年齢を考えると歯が弱った事でインプラントにした可能性もありそうです。

歯に衣着せぬ物言いが注目を集める大谷昭宏さん。

今後は「歯」そのものにも注目が集まりそうですね。

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