隈研吾の年収は?東大教授&栄光学園高校を設計。経歴、建築とファッション

サントリー美術館や根津美術館本館を手掛けた一流建築家の隈研吾(くま けんご)さん。

新国立競技場の設計にも携わった大物建築家ですので、かなりの年収を稼いでいそうですね。

今回は隈さんの年収、東大教授の肩書、栄光学園高校との関係を見ていき、経歴をまとめます。

また隈さんの建築とファッションのつながりもご紹介しましょう。

隈研吾のプロフィール

本名:隈研吾

生年月日:1954年8月8日

身長:189㎝

出身地:神奈川県横浜市大倉山

最終学歴:東京大学大学院建築意匠専攻修士課程

所属事務所:隈研吾建築都市設計事務所

隈研吾の年収は?

まずは隈さんの年収を見ていきます。


正確な年収は非公開のため、推定ですが、10億程度を稼いでいるとされています。

少なくとも年に数億単位を稼いでいることは間違いないでしょう。

従来の基準では建築家の報酬は、建築費の10%程度が相場、大規模建築の場合は数%だそうです。

建築費一千億を上回る新国立競技場の設計では、10億単位を稼いだ計算になります。

ただ国土交通省は2019年、建築士事務所の業務報酬基準の改定を検討しており、今後は報酬が見直される場合があるでしょう。

しかし隈さんは建築家の報酬のみならず、大学教授としての報酬もあるので、基準が低くなったとしても高額年収を維持できますね。

いずれにせよ、これまでに億単位の年収を稼いできた大富豪といえるでしょう。

隈研吾は東大教授

次に隈さんが東大教授という情報を見ていきます。

2009年4月から、自身の母校である東京大学工学部建築学科の教授に就任した隈さん。

しかし東大以外にも、慶應義塾大学、イリノイ大学の教授を務めた経験があります。

2018年には高知県立林業大学校の校長に就任し、2020年からは東京大学特別教授となりました。

特別教授とは、専門分野で特別優れた業績を残した第一人者に与えられる称号です。

一般の教授に比べて上位のポストなので、高額な報酬を受けているはず。

さらに隈さんは、東大本郷キャンパス内にある和菓子屋「廚 菓子 くろぎ」の設計も手掛けました。

杉の板で覆われた建物なので、あたたかみのある雰囲気に浸りながら和菓子を楽しめるそうです。

東大が誇るOBとして、母校の発展に貢献していることがわかりました。

隈研吾と栄光学園高校

次に隈さんと栄光学園高校について見ていきます。

栄光学園高校は名門男子校で、隈さんの出身高校でもあります。

在学中は189cmの背丈を駆使し、バスケットボール部でセンターを務めていたそうです。

2017年、創立70周年を記念し、50億円以上の建築費を投じて建て替えられた新校舎が完成。

隈さんが設計監修を務めた新校舎は、今では珍しくなった2階建ての低層です。

威圧感の漂う権威主義的な建物ではなく、周囲の環境と調和する建物といえます。

いわば「負ける建築」と呼ばれる構造で、自然との調和を目指す隈さんを象徴する作品です。

コンクリートのみならず、木造のハイブリッド構造も採用されたので、木の香りに包まれた学校生活を送ることができます。

木のぬくもりと開放感に満ちた校舎は、日夜勉学に励む秀才たちをあたたかく見守っているのでしょう。

隈研吾の経歴まとめ 

では隈さんの経歴をまとめます。

かつて猫が好きという理由で獣医を目指していた隈さん。

しかし家屋の修繕を行う父親の影響で、建築に興味を持ち始めます。

小学生の頃、1964年の東京オリンピックに向けて作られた建築物を見て、建築家を志しました。

東京大学工学部建築学科を卒業し、同大学院の修士課程でも建築を学びます。

その後は日本設計、戸田建設を経て、1985年から1年間コロンビア大学で客員研究員となりました。

帰国後は複数の大学で講師や教授を務めています。

高知県にある木造の芝居小屋「ゆすはら座」の存続活動を通し、木材や自然の素材を使った建築を志向するようになった隈さん。

阪神や東北の大震災を機に、人工物で自然に立ち向かうことの虚しさを感じます。

「木の時代」を取り戻し、人間と自然が共存する道を目指すため、木材を活用した建築を手掛けるようになりました。

南青山の根津美術館も古き良き木材とモダンな建築が融合し、周囲の竹林とも調和する傑作です。

都心にありながら自然と調和し合う、あたたかみある建築を残したことは、隈さん最大の偉業といえるでしょう。

隈研吾の建築とファッション

最後に隈さんの建築とファッションの関係を見ていきます。

自身のファッションブランド「シャンシャ」を立ち上げるなど、ファッション業界にも意欲的に進出している隈さん。

「編むという行為から布が誕生する。布のように柔らかい建築に興味がある」と語っています。

自然の素材にこだわり、洋服のように人々を包み込む建築を目指しているのでしょう。


「建築は洋服のようになっていくだろう」という発言からわかる通り、建築とファッションを今後の活動の軸にする可能性が高そうですね。

自然と人間が共存し合い、あたたかみある空間を作ることを諦めない、熱い志の持ち主なのでしょう。

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