乙羽信子、義理の息子が夫との結婚を後押し。おしんの違和感。死因は甲状腺?

宝塚の娘役スターを経て、映画女優として活躍した乙羽信子(おとわ のぶこ)さん。

「清純派女優」として出発後、『裸の島』(1960年)をはじめ、夫である新藤兼人監督の作品に出演し演技派となりました。

今回は乙羽さんの息子、夫である新藤兼人監督について見ていきます。

また「おしん違和感」というキーワード、死因と「甲状腺」の関係についても確認します。

乙羽信子のプロフィール


愛称:オカジ

本名:新藤信子(旧姓:加治)

生年月日:1924年10月1日

死没:1994年12月22日

身長:159cm

出身地:鳥取県、大阪府

最終学歴:宝塚音楽歌劇学校(現在の宝塚音楽学校)

乙羽信子の息子は連れ子

まず乙羽さんの息子についてです。

乙羽さんが新藤監督と結婚したのは1978年で、53歳の時でした。

もはや出産は不可能な年齢だったため、彼女に実の息子はいません。

ただし新藤監督には、前妻との息子が3人いました。

乙羽さんにとって、義理の息子たちということですね。

3人のうち、次男の新藤次郎さんが、映画プロデューサーで「近代映画協会」の社長を務める映画人です。

さらに次郎さんの娘で、新藤監督の孫に当たるのが、映画監督の新藤風(しんどう かぜ)さん。

『LOVE/JUICE(ラブジュース)』(2000年)の製作で、ベルリン国際映画祭の新人賞に輝きました。

また祖父の作品『一枚のハガキ』(2011年)で監督補佐を務めるなど、祖父の現場で修業しています。

映画人が数多くいる家系であることがわかりましたね。

乙羽信子の夫は新藤兼人

乙羽さんの夫である新藤監督は、「リアリズム」を重視した作風で知られていました。

元々は松竹の脚本家で、『安城家の舞踏会』(1947年)をはじめ、多くのヒット作を手がけています。

しかし本当に好きな映画を撮るため、1950年に独立して「近代映画協会」を設立。

1951年、彼の自伝的映画『愛妻物語』を監督し、39歳で映画監督デビューしました。

妻に先立たれた体験を土台にした同作で、彼の妻にあたる女性を演じたのが、乙羽さんでした。

以降は『原爆の子』(1952年)や『裸の島』(1960年)など、国際的に評価された作品でタッグを組んでいます。

2人は愛し合うようになりますが、新藤監督には妻子がいたため、結婚に至ったのは彼の妻が亡くなってからでした。

しかも2人の結婚を後押ししたのは、先述した連れ子たちだったそうです。

こうして65歳の新藤監督と、53歳の乙羽さんは結ばれました。

数多くの新藤作品へ出演してきた乙羽さんの人柄に、子供たちも信頼を寄せていたのでしょう。

おしん違和感について

乙羽さんについて調べると、「おしん違和感」というキーワードが表示されます。


彼女は1983年、大ヒットしたNHK連続テレビ小説『おしん』で、おしんの晩年を演じました。

幼少期を小林綾子さん、青年期を田中裕子さんが演じ、結果的に3人の女優が1人のヒロインを演じたのです。

ただ視聴者の中には、田中さんから乙羽さんへキャスト変更された際、違和感を覚えた人も多いようでした。

純朴な田舎風の女性らしい田中さんに比べると、乙羽さんは洗練されすぎていたのかもしれません。

またおしんの初恋相手「浩太」を演じた渡瀬恒彦さんが、晩年の姿まで1人で演じたことも大きいようです。

男優は同じでありながら、女優はキャスティング変更されたこと自体に、違和感があるという人が多いのでしょう。

ただし乙羽さんは同作で、年齢を重ねてもなお、ヒロインの務めを十分果たせる力量を示しました。

同一人物を異なる女優が演じたことに賛否両論はありますが、乙羽さんが名女優であることは間違いないでしょう。

乙羽信子の死因は?甲状腺との関係

乙羽さんは1994年12月22日、肝臓がんが原因の肝硬変により、70歳で死去。

遺骨のうち半分は、『裸の島』のロケ地である広島県三原市宿祢島へ散骨されました。

乙羽さんの死因と「甲状腺」というキーワードが結びつきますが、とくに甲状腺の病気だったわけではないようです。

ただ同じ宝塚出身の、峰さを理(みね さをり)さんが、2021年に甲状腺がんで亡くなっています。

宝塚トップスター同士ということで、死因が何らかの拍子に結びついてしまったのかもしれませんね。


乙羽さんの夫である新藤監督は、2012年に老衰のため100歳で亡くなりました。

天国で再会した夫婦は、きっと映画の話を楽しんでいることでしょう。

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