青春映画のヒロインとして「サユリスト」なる社会現象を巻き起こし、文化人の信奉者も多い吉永小百合(よしながさゆり)さん。
清純派スターとして世の男性を虜にした吉永さんは、いったいどんな男性と結婚したのでしょう。
今回は夫である岡田太郎さんとの馴れ初めや子供をもたない理由、2024年現在の夫婦仲について詳しくみていきます。
吉永小百合のプロフィール
本名:岡田小百合
生年月日:1945年3月13日
身長:155cm
血液型:O型
出身地:東京都渋谷区代々木西原
最終学歴:早稲田大学第二文学部西洋史学専修(現在の文学部西洋史コース)
所属事務所:日活
吉永小百合、夫とは電撃結婚
60年代、浜田光夫さんとコンビを組んだ日活の純愛&青春映画でブームを巻き起こした吉永小百合さん。
結婚式を挙げたのは1973年8月3日でした。
お相手はフジテレビディレクターの岡田太郎さん。
文化放送からフジテレビ社員になり、のちにフジ・メディア・ホールディングスの子会社である共同テレビの社長・会長・相談役を歴任した人物です。
両親が結婚に反対
当時、吉永さんは28歳、岡田さんは15歳年上。
しかも岡田さんには離婚歴がありました。
清純派のスター女優とバツイチ中年男の電撃結婚は、熱狂的なファンであるサユリストへはもちろん、世間にも衝撃を与えます。
岡田太郎さんは一般人であるため、生年月日や最終学歴などのプロフィールは不明。
出回っている画像も結婚時のものしかありません。
ですが、画像をみるかぎりでは、落ち着いた雰囲気のある、やさしい笑顔の男性であることがわかります。
吉永小百合さんには釣り合わない相手という声があった一方で、とくに美男子でないところがかえって好ましいという声もあったそうです。
【8月3日は何の日フッフ〜】それは1973年(昭和48年)のこと
・・・女優の吉永小百合が15歳年上のフジテレビディレクターの岡田太郎と結婚した日です。 pic.twitter.com/WZ7A60XYFm— 三十坪の秘密基地 (@30tsubo) August 3, 2016
二人の結婚を、吉永小百合さんの両親は祝福していませんでした。
披露宴や会見こそ公の場で行われましたが、結婚式はささやかに挙げています。
かつてフジテレビディレクターとして活躍した千秋与四夫さんの話によると、千秋さんの自宅で行われた結婚式は、新郎新婦、仲人の千秋さんと妻の畠山みどりさん、新婦の介添人の奈良岡朋子さんの5人のみ。
結婚に猛反対していた両親の姿はありませんでした。
結婚式に両親が欠席となると、普通ならさびしい思いをするところですが、吉永さんにとってはこの形がいちばんよかったのかもしれません。
というのは、両親との決別を望んでいたことや深い溝があったことが判明しているからです。
母親は、のちに著作を発表し、その中で娘を岡田太郎さんにとられたと胸中を告白しています。
結婚馴れ初めの陰に渡哲也
吉永小百合さんの結婚の馴れ初めには前の恋愛が関係しています。
吉永さんは、かつて渡哲也さんと恋人同士でした。
出会いは1966年に初共演した『愛と死の記録』。
交際していたのは1967年から1969年頃といわれています。
渡さんは仲間うちで吉永さんのことを「うちのカミさん」と呼ぶこともあったそう。
しかし二人の結婚に吉永さんの両親は猛烈に反対。
渡さんはお酒の席で「なぜ思い切って飛びこんできてくれないんだ」と愚痴をこぼすこともあったといいます。
吉永さんは悩みますが、両親の反対をふりきれず、ついに破局。
この一件で両親と反目するようになり、殺人的スケジュールによる精神的ストレスもあって声が出なくなってしまいます。
女優として致命的な状態に陥ってしまった吉永さんを、やさしく励ましたのが岡田太郎さんでした。
いろいろな治療法をすすめてくれ、支え続けてくれる岡田さんに対して、自分を大事に思ってくれているという思いがふくらんでいったという吉永さん。
渡哲也さんとの結婚をあきらめたことへの後悔もあったのでしょう。
今度は両親に反対されても自らの意思を通しました。
かたや岡田太郎さんのほうは、離婚歴があることで結婚に二の足を踏んでいたとのこと。
バツイチの中年男がスター女優をたぶらかしたのではなく、吉永小百合さんが積極的に推し進めた結婚でした。
吉永小百合、子供を持たない選択
日本を代表する女優、吉永小百合さんの家族観について、特に子供を持たなかった理由に焦点を当てて解説します。
母親役と実生活のギャップ
吉永小百合さんは、長年の芸能活動の中で数多くの母親役を演じてきました。
しかし、実生活では子供を持つことを選択しませんでした。
この決断には、いくつかの理由があると考えられます。
まず、吉永さんは自身の母親との関係性が影響していたと言われています。
実母との確執から、子供を持つことに慎重になった可能性があります。
また、28歳で15歳年上の夫と結婚したことも、子供を持つかどうかの決断に影響を与えたと考えられます。
- 実母との関係性が子供を持つ決断に影響
- 年の差婚が家族計画に影響を与えた可能性
- 女優としてのキャリアと育児の両立への懸念
吉永さんは過去のインタビューで、「母親になる自信がなくて…」と語ったことがあります。
これは、自身の経験や女優としての多忙な生活から、子育てに十分な時間と労力を割くことができるか不安があったことを示唆しています。
一方で、吉永さんは映画やドラマで演じる母親役を通じて、母性を表現する機会を多く得てきました。
特に2018年に公開された映画『北の桜守』では、印象的な母親役を演じ、その演技力が高く評価されました。
興味深いことに、2017年に実施された『母の日アンケート』では、吉永さんが理想の母親ランキングで1位に選ばれています。
これは、彼女が演じてきた母親像が、多くの人々の心に深く刻まれていることを示しています。
吉永さんは、子供を持たない選択をしながらも、俳優として多くの「母親」を演じることで、独自の形で母性を表現し続けてきたと言えるでしょう。
また、二宮和也さんなど、共演した若手俳優たちを我が子のように可愛がる姿も報告されており、実生活でも母性的な一面を見せています。
このように、吉永小百合さんの家族観は、必ずしも血縁関係にとらわれない、広い意味での「家族」や「母性」を体現しているように思われます。
子供を持たない選択をしながらも、演技を通じて、また若手俳優たちとの交流を通じて、独自の形で母性や家族愛を表現し続けている姿勢は、多様な生き方や家族のあり方を示す一つのモデルとなっているのではないでしょうか。
現在、吉永小百合夫妻の夫婦仲は?
2021年公開の『いのちの停車場』では、志願して初の医師役に挑んだ吉永小百合さん。
原爆詩の朗読会などの平和活動もライフワークとして続けています。
夫の岡田太郎さんは15歳年上ということで、2024年は94歳を迎えるご高齢。
死亡説もみられますが、84歳の時に肝臓の重い病気を患ったことがわかりました。
具体的な病名は公表されていませんが、吉永さんの献身的な看病もあって、その後回復したそうです。
吉永小百合さんといえば、清純派のイメージとは裏腹に、じつは肉食系であり、かつて日活の上層部からは恋愛禁止令が出されていたことも。
2020年11月に死去した映画界のドン・岡田裕介さんとはツーショットをキャッチされ、男女の仲を疑われたこともありました。
この騒動以降、夫とは仮面夫婦ではないかという憶測も流れます。
一般人である岡田太郎さんの最新情報を得ることはできませんが、70代半ばとなり、なお若々しく活動する吉永小百合さんの近況から、仕事も私生活も充実していることがうかがえます。
もともとお互いの人生を尊重したうえでの結婚だったことから、結婚生活はとても順調だったという夫妻。
吉永さんは、姑の介護も夫以上に励んでいたそうです。
後年、この結婚をしていなければ女優をやめていたかもしれないと語った吉永小百合さん。
渡哲也さんとの別れは、当時はお互いにつらい出来事だったと思いますが、二人とも最高の伴侶と出会えたということなのかもしれません。
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