吉永小百合の両親と家系図。父親はエリート&母親は作家志望、兄弟も優秀だった

日本映画界を代表するスター女優である吉永小百合(よしなが さゆり)さん。

2008年には『母べえ』で、戦時中を懸命に生き抜き、子供を守る母親を演じました。

では吉永さん自身は、どのような両親の元で育ったのでしょうか。

今回は吉永さんの両親、家系図、父親と母親の詳細、兄弟について確認します。

吉永小百合のプロフィール

本名:岡田小百合

生年月日:1945年3月13日

身長:155cm

出身地:東京都渋谷区代々木西原

最終学歴:早稲田大学第二文学部西洋史学専修(現在の文学部西洋史コース)

吉永小百合の両親

まず吉永さんの両親についてです。

吉永さんは死者10万人を出した東京大空襲の3日後に、東京で生まれています。

母親は作家志望だったそうで、文学的な素養がありました。

この時、母親が作った短歌が残っています。

「戦いの さなかに生れて小百合の 崇き気負いを 持ちて生き抜け」

戦争のさなかに生まれたとはいえ、百合の花のように、誇りをもって生き抜いて欲しいという思いを詠ったものです。

母親は自身の短歌にちなみ、娘を「小百合」と名付けました。

教養ある母親だったことがうかがえますね。

父親も東京大学出身のエリートでした。

頭脳明晰な両親の間に生まれた吉永さんですが、子役時代から芸能活動していたため、多忙により精華学園女子高校を中退。

大学入学資格検定も、全科目はクリアできませんでした。

しかし1965年、高卒以上の学力を持つことが認められ、早稲田大学に合格。

早稲田大学では、芸能活動と学業を両立させ、次席で卒業しました。

無事卒業できるどころか、次席に選ばれるほど勉強熱心だったことがうかがえます。

ただ自身の努力はもちろん、きっと両親の知的なDNAを受け継いだお陰でもあるのでしょう。

父親と母親の詳細は、以下から見ていきます。

吉永小百合の家系図、父親と母親

吉永さんの家系図をひも解きましょう。

父親は吉永芳之さん、母親は和枝さんという名前でした。

芳之さんは、東京大学の法学部を卒業後、外務省に入省。

いわば典型的なエリート官僚でした。

母の和枝さんもまたエリートの「川田家」に生まれた女性で、ピアノ教師をしていたそうです。

川田家は大阪から東京へ進出し、事業を起こして財を成した一族です。

関東大震災後、千駄ヶ谷の近くへ立派な洋館を新築。

家族の他、書生と女中、運転手など20人以上が住んでいました。

裕福な家庭だったものの和枝さんは、態度の大きい兄や、おてんばすぎる妹を嫌っていたそうです。

そのため結婚後、川田家とは絶縁状態だったといいます。


結婚後も官僚の妻だったため、何不自由なく暮らせると考えていたのでしょう。

しかし夫の芳之さんは、外務省を辞めて転職。

さらに転職先も辞めて、出版社を立ち上げます。

しかし事業はうまくいかず、家財道具を差し押さえられたこともあるそうです。

そんな中、吉永さんは11歳の時、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』で芸能界デビューします。

ただ自身が芸能界に憧れていたわけではなく、家計を助けるためやむなく働いていたそうです。

結果的には大スターになったため、両親は心から娘に感謝したことでしょう。

ちなみに和枝さんが嫌っていたおてんばな妹は、川田泰代さんという名前で、「婦人画報」の編集長だったようです。

吉永さんの家系は、文学や芸能といった文化的素養のある人が多いといえるでしょう。

兄弟も優秀だった

吉永さんは3人姉妹の次女でした。

男の兄弟はおらず、姉と妹と共に育っています。

姉は5歳年上とされており、東京教育大学を卒業後し、東京都庁に勤めました。

東京教育大学は、現在の名門筑波大学のため、頭脳明晰な女性であることがわかります。

妹については詳しい情報がありませんが、やはり有名大学を出ているようです。

仕事は教育関係だったとされており、姉妹そろって秀才だったことは間違いないでしょう。


吉永さんは学業で優秀な成績を残しながら、女優として第一線を走り続けました。

インテリ一家に育っただけでなく、「家計を支えたい」という決意あってこそ、長きにわたって活躍できたのでしょう。

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