市川崑の息子は崑プロ社長。自宅マンションと南平台。横溝正史&石坂浩二とのタッグ

今なお日本映画界の巨匠として、その名を輝かせる市川崑(いちかわ こん)監督。

ドキュメンタリー映画『東京オリンピック』(1965年)や、角川映画『犬神家の一族』(1976年)など幅広いジャンルの作品を手がけました。

2021年には東京の神保町シアターで特集上映が行われるなど、根強い人気を誇る監督です。

今回はそんな市川監督について、私生活を見ていきましょう。

息子、自宅マンション、南平台町(なんぺいだいちょう)の自宅に迫ります。

さらに横溝正史と石坂浩二さんとのタッグについても確認します。

市川崑のプロフィール


本名:市川儀一

生年月日:1915年11月20日

死没:2008年2月13日

身長:不明

出身地:三重県、大阪府、広島県

最終学歴:大阪市立市岡商業高等学校中退

市川崑の息子は「崑プロ」代表取締役

まず市川監督の息子についてです。

実の長男は、「崑プロ」で代表取締役を務める市川建美さん。

生まれた時、父はすでに世界的巨匠でしたが、家庭ではごく普通の父親だったそうです。

テレビを見ながらくつろぎ、家事は妻任せという、いかにも昭和の父親らしい人物でした。

仕事関係の作業は書斎で行い、家族の前では映画監督らしい気配を見せることはなかったそうです。

建美さんは幼少期から父の作品を観ており、とくに『東京オリンピック』が印象的だったといいます。

選手の躍動美を見事に切り取った名作ですが、芸術性を重視したため、オリンピック担当相から「記録的でない」と批判されました。

同作については「記録か芸術か」論争が生じたため、市川監督は金メダリストや建築物の映像を追加し、修正版を作ったそうです。

「作りたい」と考えた映画を純粋に作り続けた市川監督にとって、修正は苦しい作業だったといいます。

映画を愛してやまなかった監督について建美さんは、「父は生涯現役で幸福だった」と語りました。

今では建美さんも、市川作品の修復作業に携わり、映画作りの醍醐味を知ったそうです。

やはり映画人の血は争えないようですね。

ちなみに映画プロデューサー市川南さんを、市川監督の息子と考える人が多いようです。

所属する映画会社が同じ東宝で、苗字も共通していたため、親子と考えるのは当然かもしれません。

さらに南さんは『犬神家の一族』のプロデューサーも担当していました。

しかし2人は赤の他人で、共通点が多いのはまったくの偶然です。

実際の息子は建美さんで、他に舞子さんという一般女性の娘もいます。

市川監督のDNAを継いだ子供たちは、立派にそれぞれの分野で活躍しているようですね。

市川崑の自宅マンションは「例のプール」に

市川監督の自宅マンションは、186坪の高級マンションです。

新宿区にあり、監督の死後は貸しスタジオになりました。

屋内にあるプールは一部の人から、「例のプール」と呼ばれています。

なぜならAVの撮影用に、頻繁に使用されているためです。

以前は石坂浩二さんの自宅と噂されていましたが、自身が否定し、市川監督の自宅であることが判明。

AVでおなじみのプールが、まさか日本映画界を代表する巨匠の自宅にあるとは予想外ですね。

南平台のマンションは?

市川監督は、東京都渋谷区の南平台町にもマンションを所有していました。

マンション名は「フィルモ南平台」で、内外装は監督の自宅らしく、映画のフィルムを模しています。


今では別の人が購入し、暮らしているようです。

さらにマンションの1階には、「市川崑記念室」があり、ゆかりの資料が展示されています。

南平台町は、市川ファンを惹きつけてやまないエリアといえますね。

横溝正史と石坂浩二とのタッグ

市川監督は1970年代後半から、横溝正史原作「金田一耕助」シリーズを手がけました。

石坂浩二さん演じる金田一は、原作に忠実で、ボサボサ頭に和服姿が特徴でした。

角川映画の1作目である『犬神家の一族』は、大々的に宣伝され、横溝ブームに貢献します。

1977年には『悪魔の手毬唄』や『獄門島』を監督。

今でも市川監督の知名度が高いのは、横溝と石坂さんとのタッグがあったからこそでしょう。


文学映画やコメディ映画など、幅広く手がけた市川監督。

時代を経ても色あせない名作の数々は、今後も多くのファンを魅了し続けるでしょう。

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