田丸美寿々、現在はアナウンサー引退。結婚と子供、家族について

女性キャスターの先駆けとして報道界で活躍した田丸美寿々(たまるみすず)さん。

彼女の存在が無ければ日本の報道界は確実に全く異なるものとなっていた事でしょう。

田丸美寿々の現在はアナウンサー引退状態?

「重要なニュースは男性が読む」という時代に女性ながら活躍した田丸美寿々さん。

今や「女性報道キャスターの草分け」と呼ばれる事も少なくありません。

父親の仕事の都合により5歳の頃から5年間アメリカに滞在。


そして帰国後は英語が得意だった事もあり東京外国語大学の英米語学科に進学。

今では必須のスキルとなりつつある英語ですが、以前は英語が出来るのは非常に貴重な存在。

そのため大学卒業後は商社への就職が決まっていたそうです。

ところが大学の掲示板に貼られていたフジテレビアナウンサーの求人を目にすると好奇心から応募。

そして合格した事で商社の内定を蹴り、1975年にフジテレビに入社。

今であれば新人女子アナがニュース番組に起用される事も珍しくありません。

ですが、当時の女性アナウンサーの仕事は「暇ネタ」や「ヤワネタ」、天気予報ばかり。

アナウンサーに限らず報道の第一線で女性が活躍する機会は殆どありませんでした。

この状況に変化が訪れたのが入社から約3年後のこと。

フジテレビの「報道を強化する」という思いから放送が始まった「FNNニュースレポート6:30」。

この番組で逸見政孝さんと共にキャスターを務める事になったんです。

これがフジテレビで初となる女性キャスターが誕生した瞬間でした。

全く前例がない事なので毎日、ガムシャラだったという田丸美寿々さん。

現場の生の声を伝えようと時には強引な取材を行う事もあったそうです。

こうして奮闘する田丸美寿々さんの姿を見てキャスター志望の女性が急増。


共にキャスターを務めた逸見政孝さんも「二十年に一度出るかどうかの逸材」と高く評価していました。

社内外共に「今後のフジテレビを支える存在」と評価していた事は間違いないでしょう。

ところが1983年3月にフジテレビを退社するとフリーアナウンサーに転身。

そして1985年には客員研究員としてプリンストン大学に約1年間の留学。

留学前は「帰国後に仕事が無くなるかも」という不安もあったそうです。

ですが、それ以上に社会問題や国際情勢について勉強したいという思いが強かったんだとか。

帰国後はテレビ朝日と専属契約を結ぶと「ザ・スクープ」や「朝まで生テレビ!」など数々の番組に出演。

そして1994年にテレビ朝日との専属契約を解消すると今度はTBSと専属契約を締結。

その後は「報道特集」の総合司会や選挙特番の司会などに出演していました。

ですが、母親の介護に専念するため2010年9月末に「報道特集」を降板。

それ以降はメディアに殆ど出演する事なく、キャスターは引退状態となっています。

今後、再びテレビで田丸美寿々さんの姿を見る事が出来るのでしょうか。

間違いなく報道の世界で女性が活躍する礎を築いた功労者。

このまま終わってしまうのは惜しいと言わざるを得ません。

略奪愛による結婚だった?

女性がキャスターとして活躍するきっかけを作った田丸美寿々さん。

また、持前の美貌もあり女性アナウンサーの美人化のきっかけとも言われています。

容姿端麗で才色兼備。

男性社会の報道にいれば嫌でも目立ってしまった事でしょう。

きっと多くの男性に言い寄られたはず。

そして結婚相手に選んだのはジャーナリストの美里泰伸さんでした。

1982年に交際が報じられるも当時、美里泰伸さんは妻子ある身。

つまり二人は不倫関係にあったんです。

そして美里泰伸さんは田丸美寿々さんを選び、1983年2月に結婚。

この時、前妻が妊娠中だったと報じられ大きな話題となりました。

世間的に見れば不倫の末の略奪婚である事は間違いありません。

ですが、田丸美寿々さんは「奪ったのではなく譲ってもらった」と発言しています。

この発言が事実かどうかは分かりません。

ただ、世間から大きな反感を受けた事は容易に想像がつきますよね。

恐らく1983年にフジテレビを退社したのも略奪婚も原因の1つだったのでしょう。

こうして結婚した二人ですが幸せな日々は長くは続かず。

結婚から8年後となる1991年に離婚していた事が明らかになるとと再び世間で大きな話題となりました。

離婚を切り出したのは田丸美寿々さん。

1990年9月に家を出ると10月に弁護士を通じて離婚を切り出したんだとか。

そして12月にお互いに金銭の要求をしない事を条件として離婚が成立したようです。

ただ、美里泰伸さんにとっては晴天の霹靂。

取材に訪れた報道陣に対して「離婚は一方的なもの」と憤りを隠す事が出来ず。

一方の田丸美寿々さんは「自分の我儘」、「仕事を優先しすぎた」とコメント。

きっと結婚後も仕事を優先した事ですれ違いが生じてしまったのでしょうね。

田丸美寿々に子供はいるの?

不倫を経て美里泰伸さんと結婚した田丸美寿々さん。

結婚生活は約7年間続きましたが、二人の間に子供はいないようです。

結婚後も仕事優先だった事から子供は望まなかったのでしょう。

自らの手でキャリアを築き上げてきた田丸美寿々さん。

結婚したと言っても家庭に入るようなタイプでないことは明らかですよね。

また、妊娠中とされる前妻の存在も大きかったのでしょう、

自分が妊娠する事で前妻を更に傷つけかねない。

そんな配慮が心のどこかにあったのかもしれません。

田丸美寿々の家族はどんな人?


「女性報道キャスターの草分け」、「美人女子アナの先駆け」と言われる田丸美寿々さん。

それに加えて「帰国子女のはしり」でもあるんです。

グローバル化が進む昨今では帰国子女はさほど珍しくありません。

早くから英語を学ぶためにインターナショナルスクールに通う子もいますよね。

ですが、当時は帰国子女がまだまだ非常に珍しい存在。

そんな時代に海外で仕事をしていた田丸美寿々さんの家族。

一体どんな方達だったのでしょうか。

実は祖父がアメリカで貿易商を経営していたそうです。

そのため父親はアメリカ生まれの日系二世。

ですが、父親は帰国して高校の教師に。

そして小学校教員をしていた母親と結婚して誕生したのが田丸美寿々さん。

ただ、父親は出身地であるアメリカに対する特別な思いは常にあったのでしょう。

田丸美寿々さんが8か月の頃に一念発起して英語の勉強も兼ねて渡米。

サンノゼ州立大学を卒業後、サンフランシスコで新聞記者に。

父親がアメリカで職を得たことから母親と田丸美寿々さんも渡米する事に。

そして田丸美寿々さんが小学校4年の時、日本のNHK国際放送への転職が決まった事から帰国。

それ以降は家族揃って日本で生活を続けています。


こうして家族の情報を知ると田丸美寿々さんが数々の偉業を達成出来たのは血筋のように思えてなりません。

常識や前例にとらわれる事がない祖父や父を見てきたから何事にも挑戦する精神が養われたのでしょうね。

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