森本太郎の現在。息子&妻との結婚。実家での練習&沢田研二をリスペクト

1967年にザ・タイガースのギタリストとしてデビューし、解散後は音楽プロデューサーとしても多くの歌手を育てた森本太郎(もりもとたろう)さん。

この記事では森本さんの2021年現在の活動を追いながら、よく検索されている息子、結婚した妻について調べます。

デビュー前に練習場になっていた実家や、元ザ・タイガースの沢田研二さんとの関係についてもみていきます。

森本太郎は2021年現在もライブ活動

60年代後半、社会現象になったGSブームの象徴ともいえるザ・タイガース。

ジュリーこと沢田研二さん、トッポこと加橋かつみさんら個性の強いメンバーの中で、ちょっぴり影の薄い存在だったのがタローでした。


ですが、ソングライターとしての才能をいち早く開花させ、のちにプロデューサーとして手腕をふるう片鱗をみせていたのも森本太郎さんです。

『青い鳥』の作詞作曲は森本さんによるもの。

また「同窓会」として1981年に復活したザ・タイガースが翌年にリリースした『色つきの女でいてくれよ』の作曲者も森本さんです。

グループ解散後、沢田さんは人気歌手に、サリーとシローの岸部兄弟は俳優業に転身。

ピーこと瞳みのるさんに至っては教職につきました。

森本さんは森本タローとスーパースターを始動させるも、のちに解散。

以降はプロデューサーに転じて西城秀樹さんや河合奈保子さん、レイジーなどを手がけました。

1999年には森本太郎とスーパースターを再結成し、2021年現在に至るまで活動を続けています。


メンバーは流動的であるものの、グループサウンズ関係者を中心にした豪華な顔ぶれ。

長年にわたり、銀座のライブハウスにおいて月1のペースで公演を行ってきました。

また不定期ながら、瞳みのるさんとのジョイントライブも開催。

2月23日、ピーと銀座タクトでライブすることになった。

ピータローでするのは、中野サンプラザを入れると5回目かなぁ。

思えばピーとは近所同士で、仁和小学校の3年、4年の同級生だった。

タイガースが解散して38年ぶりに渋谷で会った時は、あまりの懐かしさにピーを抱きしめて泣いてしまった。

中井さん、サリー、ジュリーも一緒だったけど、すぐに打ちとけて昔話に花が咲いたよ。

38年の空白なんて、ほんの一瞬にして埋まるもんだ。

また、毎年恒例のバースデーライブには沢田研二さんや岸部一徳さんも祝福にかけつけるとのこと。

2021年現在、ザ・タイガースの元メンバーは全員が70代。

森本さんいわく、普通なら政治や経済の話で盛り上がってもいい年齢なのに、自分たちは相変わらず「このフレーズ、かっこいいね!」。

純粋な少年らしさをいまだに抱えていると明かしています。

森本太郎の息子や結婚した妻は?

ネット上では森本太郎さんの息子について頻繁に検索されているようです。

ですが、結婚した妻を含めて家族に関する情報はまったく出ていません。

息子に関心が寄せられているのは、2015年4月の美勇士さんのツイートがきっかけでしょうか。

美勇士さんによると、森本太郎さんの息子の名前は「たかし」というそうで、画像をみると顔立ちがお父さんにそっくり。

美勇士さんも父親の桑名正博さんの面影をしのばせますね。

このツイート内容は誤情報とは考えられないので、おそらく森本太郎さんには結婚歴があり、息子が誕生したのでしょう。

ザ・タイガース前夜、練習場は森本太郎の実家だった

ザ・タイガースの母体は、1965年に京都の高校生4人組によって結成されたサリーとプレイボーイズでした。

その翌年、サンダースの沢田研二さんをボーカルに迎えてバンド名をファニーズに変え、同年の秋に上京してザ・タイガースになります。

サリーとプレイボーイズ時代、練習場としてよく使ったのが京都市内にある森本太郎さんの実家でした。

日舞の師匠の家だったために稽古場があり、舞台をステージに見立てて練習に励んだそうです。

もともとベンチャーズのコンサートを観て「俺たちにもできるかも」と思ってはじめたアマチュアバンド。

当初はベンチャーズのレパートリーばかりだったのが、ビートルズやローリング・ストーンズなどボーカル入りの曲も練習するようになっていきます。


メンバーは歌のうまいリードボーカルの必要性を感じはじめ、このタイミングで沢田研二さんが加入。

大阪のジャズ喫茶・ナンバ一番のオーディション合格を目標に猛練習をくり返す青春の日々でした。

森本太郎、沢田研二の活動をリスペクト

69歳の誕生日、来年はいよいよ古稀ということが感慨深かったと語る森本太郎さん。

ザ・タイガース現役時代には、まさか自分が70歳までステージに立つとは思ってもみなかったそう。

かつての盟友たちのなかでも、とりわけ沢田研二さんの近年の活動についてはリスペクトしかないと述べています。

2016年11月19日、川崎ラゾーナにて開かれた「My Memories in My Life」は、森本さんの70年の人生を総括した古稀祝いのライブ。

当日はオリジナルメンバーが祝福に駆けつけ、アンコールで森本さん作曲の『青い鳥』『色つきの女でいてくれよ』を披露。

2013年の復活コンサートの再現となりました。


2021年に75歳を迎える森本太郎さん。

森本タローとスーパースターのリーダーとして今後もバンド活動も続け、往年のファンを楽しませてほしいと思います。

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