神田正輝と松田聖子、娘・神田沙也加のほかに子供は?結婚式はサレジオ教会

「石原プロモーション」の所属俳優として、数々のドラマで活躍した神田正輝(かんだ まさき)さん。

2021年の事務所解散後は俳優業を引退し、フリーとなってタレント活動を続けています。

元妻の松田聖子さんも、長年芸能界で活躍し続けていますが、今回は2人の子供について確認しましょう。

また娘・神田沙也加さんとのエピソード、サレジオ教会での結婚式の詳細をまとめます。

神田正輝のプロフィール

本名:神田正輝

生年月日:1950年12月21日

身長:178cm

出身地:東京都港区

最終学歴:日本大学藝術学部映画学科

所属事務所:フリーランス

神田正輝と松田聖子、ビッグカップルと話題の過去

1980年代、日本の芸能界を席巻した二大スターの結婚は、多くの人々に衝撃を与えました。

俳優の神田正輝さんと歌手の松田聖子さんの結婚は、まさに時代を象徴する出来事でした。

二人の出会いから結婚、そして離婚に至るまでの経緯を振り返ってみましょう。

映画共演がきっかけとなった運命的な出会い

神田さんと松田さんの出会いは、映画「カリブ・愛のシンフォニー」の共演がきっかけでした。


撮影中、松田さんが体調を崩した際に、神田さんが優しく看病したことが二人の距離を縮めたと言われています。

この出来事が、後の結婚へとつながる重要な転機となったようです。

当時、松田さんは別の有名歌手と交際中でしたが、神田さんとの出会いを機に、その関係に終止符を打ちました。

この破局は、「生まれ変わったら一緒になろうね」という伝説的なフレーズとともに、世間の注目を集めました。

神田さんとの交際発表は、前の恋人との別れを公表してからわずか1ヶ月後のことでした。

この急展開に、多くのファンや芸能関係者が驚きを隠せなかったようです。

二人の交際発表から結婚までの期間は、驚くほど短いものでした。

交際発表からわずか1ヶ月後には婚約を発表し、その後すぐに結婚へと至りました。


このスピード婚は、当時の芸能界でも稀に見るものだったと言えるでしょう。

神田さんと松田さんの結婚は、まさに「聖輝の結婚」と呼ばれ、大きな話題となりました。

「聖輝」という言葉は、松田聖子の「聖」と神田正輝の「輝」を組み合わせたもので、二人の結びつきを象徴する言葉として広く使われました。

この結婚は、単なる芸能人同士の結婚を超えて、一つの社会現象となったと言っても過言ではありません。

二人の結婚は、多くのファンに衝撃を与えただけでなく、芸能界全体にも大きな影響を与えました。

特に、松田さんの男性ファンたちは、憧れの「聖子ちゃん」を取られてしまったという喪失感を味わったと言われています。

一方で、神田さんのファンたちも、人気俳優の結婚に複雑な思いを抱いたことでしょう。

二人の結婚は、それぞれのファン層に大きな衝撃を与えただけでなく、芸能界全体にも新しい風を吹き込みました。


トップアイドルと人気俳優の結婚は、それまでの芸能界の常識を覆すものだったからです。

この結婚を機に、芸能人同士の恋愛や結婚に対する世間の見方も少しずつ変化していったと考えられます。

神田さんと松田さんの結婚生活は、世間の注目を集め続けました。

二人は、それぞれの仕事を続けながら、家庭を築いていきました。

しかし、二人の結婚生活は、約12年で終わりを迎えることになります。

離婚の理由については様々な憶測が飛び交いましたが、詳細は明らかにされていません。

ただ、二人とも多忙な日々を送る中で、すれ違いが生じていったのではないかと推測されています。

離婚後も、二人はそれぞれの道を歩み続けました。

神田さんは俳優として、松田さんは歌手として、引き続き第一線で活躍を続けています。


二人の離婚は、多くのファンに悲しみをもたらしましたが、同時に、芸能人の結婚と離婚に対する世間の見方をより現実的なものに変えたとも言えるでしょう。

近年、神田さんが公の場で松田さんについて言及する場面がありました。

これは、二人の間に生まれた娘さんの急逝がきっかけとなったと言われています。

この出来事を通じて、元夫婦の間に新たな交流が生まれたという報道もあります。

このエピソードは、二人の関係が完全に断絶したわけではなく、親としての絆が残っていることを示しているようです。

神田さんと松田さんの結婚は、昭和から平成への移行期を象徴する出来事の一つでした。

二人の結婚と離婚を通じて、日本社会における芸能人の結婚観や、アイドルと俳優の関係性など、多くのことが変化していったと考えられます。

今でも多くの人々の記憶に残る「聖輝の結婚」は、日本の芸能史に深く刻まれた一つの重要な出来事と言えるでしょう。

娘・神田沙也加

沙也加さんは1986年に生まれ、2002年に16歳で歌手デビューしました。

母の聖子さんが陰でサポートしたものの、デビュー当初はまったく注目されませんでした。

やがて沙也加さんは母から離れ、居酒屋でのアルバイト生活を経て、舞台やミュージカルで地道にキャリアを積みます。

彼女は、自分と父に迷惑をかけた母に対して、複雑な思いを抱いていたはず。


そのため母の力を借りず、「自分の力でキャリアを積もう」と決意したのかもしれません。

努力の甲斐あって、2014年に日本公開されたディズニー映画『アナと雪の女王』で王女・アナ役の吹替え担当に抜擢されます。

アナの持ち歌『生まれて初めて』は大ヒットし、沙也加さんはたちまち売れっ子ミュージカル女優になるのです。

大切な娘がミュージカルスターになったことを、神田さんは心から喜んでいました。

飲み会の席で知り合いの記者から、「沙也加さんは一流ミュージカル俳優」と娘を褒められると、嬉し泣きしたといいます。

沙也加さんは距離を置いていた母・聖子さんとも共演し、今では心のわだかまりが解消されたようです。

親子3人は離れていても、心の底で愛し合っていたのでしょう。

しかし、神田沙也加さんは2021年12月18日に35歳という若さで急逝されました。

亡くなった札幌の斎場で、神田正輝さん・松田聖子さん夫妻は気丈にもマスコミの囲み取材に対応しました。

神田沙也加のほかに子供はいない

2人の子供といえば、後述する神田沙也加さんが有名ですが、他にも子供がいるのでしょうか。

調べたところ、2人には沙也加さん以外の子供はいませんでした。

聖子さんは1986年に沙也加さんを出産しますが、休業せずにアイドル歌手業を続けます。

妊娠中にレコーディングしたアルバム『SUPREME』は、日本レコード大賞を受賞しており、家庭と仕事を両立させていたとうかがえますね。

ママとアイドル歌手という二足の草鞋を履く彼女は、「ママドル」と呼ばれ、子育てする芸能人の先駆けとなります。


ただ育児と芸能活動の両立が可能だったのは、子供が1人だけだったためでしょう。

もし複数の子供を育てる必要があれば、さすがに一時引退を考えたに違いありません。

聖子さんは芸能活動を続けるために、「子供は1人だけ」と決めていたのでしょう。

神田さんも妻の芸能活動継続に理解を示し、「自由に働くといい」と発言しました。

妻に対して思いやりがある男性だったといえますね。

ただ聖子さんがアメリカに渡り活動を始めると、彼女と近藤真彦さんとの交際が報じられます。

その後、彼女は多くのスキャンダルにまみれてしまうのです。

神田さんは奔放な妻に代わり、仕事が終わるとすぐ娘の元へ帰り、面倒を見ていました。

彼は立派な「イクメン」だったため、沙也加さんは深い愛情に包まれ、のびのびと育ったのです。

その後の神田夫婦は、1997年に前述のとおり離婚。

以降は別々の形で、娘をバックアップしていくことになります。

結婚式はサレジオ教会で実施

神田さんと聖子さんは、1985年に結婚。


出会いのきっかけは、映画『カリブ・愛のシンフォニー』での共演でした。

人気男優とトップアイドルの結婚は、「世紀の結婚」をもじり、「聖輝の結婚」と呼ばれます。

結婚式は東京都目黒区の「サレジオ教会」で行われました。

結婚式には2千人近い報道陣が詰めかけ、日本中の注目を集めます。

4万円の高級料理が振る舞われた、豪華絢爛たる式だったそうです。

サレジオ教会は正式名称を「カトリック碑文谷教会」といい、趣あるチャペルが人気の観光スポット。

ロマンチックな結婚式を挙げたい人にはおすすめの、あたたかみある教会ですね。

かつてトップスター同士が挙式した「聖地」のため、今でも観光客が跡を絶たないのでしょう。


残念ながら神田夫婦の結婚生活は、長く続きませんでした。

しかし沙也加さんの存在を通して、3人は今でも心を通わせていることでしょう。

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