山中伸弥、妻と結婚の馴れ初め。妻の学歴、大学は?職業は皮膚科医

2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥(やまなか しんや)さん。

今回は彼がノーベル賞学者になるまで献身的に支えてきた、妻について見ていきましょう。

結婚までの馴れ初め、妻の学歴と大学、職業は皮膚科医という情報に迫ります。

山中伸弥のプロフィール

本名:山中伸弥

生年月日:1962年9月4日

身長:不明

出身地:大阪府東大阪市枚岡地区

最終学歴:大阪市立大学大学院

妻・知佳さんとの結婚馴れ初めエピソード

まず山中さんの妻について確認し、結婚までの馴れ初めエピソードを見ていきます。

山中さんの妻は、知佳さんという女性です。

2人は同じ中高一貫校に通う同級生でした。

中学2年生のときに同じクラスになった結果、知り合ったといいます。

知佳さんは英語クラブの部長、山中さんは生徒会の副会長を務めており、2人とも優等生だったことがうかがえますね。

高校時代には交際を始め、秘かにサイクリングデートを楽しんだそうです。

実家が開業医だった知佳さんは、自身も医者の道を選びました。

山中さんも医学部に進学し、インテリカップルは共に医学の道を突き進みます。


高校時代から交際を重ねていた2人の愛情は深かったようで、1987年、お互いまだ研修医だったにもかかわらず結婚しました。

結婚から2年後、山中さんは研究者を目指して、大阪市立大学大学院に進学。

院生の夫に代わり、知佳さんが働きながら家計を支え、2人の娘を出産しました。

1993年、山中さんがカリフォルニア大学のグラッドストーン研究所の研究員になると、一家で渡米。

彼は研究に励みながら、自分を支えてくれる妻との時間を楽しみ、子供の成長を見守れる喜びを感じていたようです。

しかし知佳さんは、娘たちには日本の学校へ通わせたいと考えていたため、長女の小学校入学を機に帰国。

結局山中さんも、妻子のいない寂しさに耐えられず、半年ほどで帰国しました。

経歴を確認するだけでも、非常に仲の良い家族であることがうかがえますね。

山中さんがノーベル賞を受賞できたのは、つらいときに支えてくれる家族の存在があったからこそでしょう。

妻の学歴はエリートコース。大学は関西医大

知佳さんは先述の通り、山中さんと同じ中高一貫校に通っていました。

通学していたのは、名門・大阪教育大学附属天王寺中学・高校です。

中学の偏差値は54、高校の偏差値は72で、大阪エリアの学校の中ではトップクラスの名門校といえます。

進路実績によると、例年東京大学や京都大学、大阪大学などの旧帝国大学の合格者を輩出しています。

山中夫婦は幼少期から成績優秀で、釣り合いの取れたカップルだったといえますね。

知佳さんは同校を卒業後、医者を志して関西医科大学に進学しました。

名門高校から医科大学に進学した彼女は、典型的なエリートコースを進んできたといえます。

神戸大学医学部に通っていた山中さんとは、学校は異なるものの、交際を続けました。

勉強と恋の両方に全力投球していた点で、一途で純粋なカップルだったのかもしれませんね。

妻は皮膚科医で病院院長

知佳さんは大学卒業後、皮膚科医となり、大学院に通う夫を支えました。

しかし夫の渡米に同行するため、一度は退職しています。

娘の小学校入学を機に帰国すると、大阪回生病院に再就職。

2021年現在は大阪市生田区にある「ウヤマ・イマムラ医院」で院長を務めています。

知佳さんは旧姓が今村だったため、「ウヤマ・イマムラ医院」は実家であるという噂もあるようです。

医院が実家であるかは不明ですが、開業医の娘だった彼女自身が院長を務めているため、可能性としてはあり得る話ですね。

優秀な医者として懸命に勤務しながら、夫を支え、娘たちを育ててきた知佳さん。

ノーベル賞学者のパートナーに必要な素質は、賢さと共に、「誰かを支えたい」という強い意思なのかもしれませんね。


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