新野新の現在。死亡説の真相と結婚について。鶴瓶・たかじんと共演、経歴まとめ

関西を拠点に、テレビ草創期からドラマや演芸番組の放送作家として活躍し、のちにタレントとしても人気を集めた新野新(しんのしん)さん。

すでに80歳をいくつも超えているせいか、2021年現在は死亡説が浮上しているようですね。

この記事では近況を追うとともに、結婚はしているのか、同性愛者説は本当なのかをみていきます。

また、タレントとしてブレイクするきっかけになった笑福亭鶴瓶さん、やしきたかじんさんとの共演にも注目して経歴をまとめました。

新野新の2021年現在。死亡説は誤り

2021年に86歳を迎えた新野新さん。

ネット上には死亡説が流れていますが、今も大阪市在住で、ご健在なことがわかりました。

ひと頃にくらべて表舞台への登場は激減したものの、放送作家として、また心斎橋大学の総長として活躍中とのことです。


「凡人はいかにして生き抜くか」などをテーマにした講演活動も行っているようですね。

心斎橋大学は、直木賞作家の藤本義一さんが創設した作家養成スクール。

新野さんは藤本さんと旧知の間柄でした。

公式サイトには新野総長のメッセージが掲載されています。

確認できた最新のインタビューは2019年、84歳の時のもの。

その記事を読むかぎり、切れ味の鋭いトークはまだまだ健在でした。

30年前に放送が終了した『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』のディレクター・岩本重義さんとも定期的に会っており、番組復活について「鶴瓶さえその気になればいつでもOK」と意欲をのぞかせる場面も。

いまだにメッセージをくれる当時のリスナーもいて、彼らに返信することもあるそうです。

新野新には結婚・離婚歴があった

2019年の時点で、新野新さんは大阪市内で一人暮らしだったことが確認できました。

ですが、ご本人の言葉から過去に結婚歴があることも明らかに。

新野さんが生まれたのは大阪市浪速区で、早稲田大学卒業後は大阪に戻っており、この頃に結婚して数年で離婚したそうです。

元妻がどんな方で、なぜ離婚に至ったのかははっきりしていません。

気になるのは、ネット上にあがっている新野新同性愛者説。

調べたところ、どうやらやしきたかじんさんがネタとして披露したトークが発端となったようですね。

二人はバラエティ番組の共演者という関係でした。

新野さんには面白いネタがないと思ったたかじんさんは、新野さんの弟子に電話をして、何か面白いネタはないかと訊ねたそうです。

この時に弟子が苦しまぎれに答えたのが同性愛者というでまかせだったわけですね。

のちに、たかじんさんは自身のコンサートでこのネタを披露して、観客を爆笑させることになります。

新野新は鶴瓶・たかじんとラジオやテレビで共演

伝説のラジオ番組『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』

新野新さんが一躍人気者になったのは、ラジオ大阪の『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』でした。

同番組は1978年4月から1989年10月まで放送された伝説の深夜番組。

パーソナリティの笑福亭鶴瓶さんと新野さんが、日曜深夜0時からの2時間半、男同士で延々とうだうだトークを繰り広げる番組です。

終了は2時30分ではあったものの、その日のノリしだいで3時、4時にまで延長することもあったそう。

番組タイトルの「ぬかるみ」には、「はまり込んだら抜けられない」という意味もこめられていたそうです。

二人によるユニークなスラングは「ぬかるみ語」と呼ばれ、リスナーである「ぬかる民(ぬかるみん)」の共通語に。

いくつか例を挙げると、何かが押し寄せてくるようすを表す「ザンザザーン」、緊張・興奮で手のひらが汗ばんでしまう「にちゃ手」、「鬼畜」をちょっとかわいくソフトにした「鬼畜い」など。

もともとは鶴瓶さんの個性を生かした「息子と母親のうだうだトーク」を想定した企画だったそうですが、「母親役ではなく、新野先生とやってみたい」という鶴瓶さんの要望があり、二人の番組が実現したとのことです。

やしきたかじんと組んだ『新・たかじんが来るぞ!』


やしきたかじんさんとは『新・たかじんが来るぞ!』『晴れ時々たかじん』などの番組で共演しました。

『新・たかじんが来るぞ!』のタイトルにある「新」とは新野さんをさしており、『たかじんが来るぞ!』という先行番組があったわけではありません。

また、たかじんさんの著書『たかじんが来るぞ!』とも無関係です。

人気企画の「途中まで生テレビ」は『朝まで生テレビ!』のパロディ版でした。

ゲストの政治家・ジャーナリスト・芸能人と芸能界のニュースや社会問題などを論じるというもので、時には放送禁止用語が続出する過激な展開に。

後年、新野さんはたかじんさんについて、「難儀な人やったよ」と振り返っています。

新野新の経歴

新野新さんは1958年に早稲田大学第一文学部を卒業し、東宝テレビ部に入社。

ドラマの脚本や構成、ショーの演出などで活躍しました。

60年代半ばになるとバラエティ番組の放送作家として活動するようになります。

のちに東宝は退社しました。

初のラジオパーソナリティは1966年から2年間務めたラジオ大阪の『オーサカ・オールナイト』。

脚本を担当した1970年の『ミニミニ社員』は初期の代表作です。

1973年、放送作家の集団である株式会社ペン企画を設立。

1978年、『鶴瓶・新野のぬかるみの世界』が放送スタート。

以降も放送作家活動のかたわら、演芸評論、テレビ番組の司会、コメンテーターなどマルチタレントとして活躍してきました。

『上方タレント101人』『笑ほど素敵な商売はない』『豆腐の煮物』など多数の著書があります。

いくつもの顔をもち、関西では誰もが知る有名人として活躍してきた新野新さん。


番組を支えた「ぬかる民」も、今や50代から60代でしょう。

年齢を重ねた新野さんと鶴瓶さんのうだ話を、もう一度聴きたいと思うファンはいまだに多いようです。

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