円広志、嫁と別居も仲良し。娘とは絶縁&家族について。病気でも入院回避、痩せた理由とは

関西圏では抜群の知名度を誇る円広志(まどかひろし)さん。

今の姿からは想像がつきませんが嫁のヒモ状態だった時期があるそうです。

家族のおかげで音楽の道に進むも娘とは絶縁状態という情報も。

病気と分かっていながらも入院が嫌で通院しなかった事もあるんだとか。

痩せたと言われるのも病気が関係しているのでしょうか。

円広志はかつて嫁のヒモだった

1978年に発売したデビュー曲「夢想花」が80万枚の大ヒットとなった円広志さん。

森昌子さんの代表曲である「越冬つばめ」を始め、数々のアーティストにも楽曲を提供。

「探偵!ナイトスクープ」の主題歌「ハートスランプ二人ぼっち」などタイアップ曲も少なくありません。

また、関西圏でレギュラー番組を持つなどタレントとしても大活躍。


人気の高さから2008年6月からは帯番組のMCまで務めています。

今となっては関西では知らない人はいないと言っても過言ではありません。

ですが、芸能界に入ってすぐに売れっ子になった訳ではありません。

「夢想花」が売れる前は妻のヒモ状態だったそうです。

円広志さんが結婚したのは1977年。

妻は伊丹空港に勤務する航空会社の社員だったそうです。

1977年と言えばまだLCCが無かった時代。

そのため妻が勤務していた航空会社はJALかANA。

大手航空会社に就職できた事からかなりのエリートだったのでしょうね。

おそらく一般企業のサラリーマンよりも高収入だったはず。

そんな妻に比べ、当時の円広志さんはデモテープを作りながらアルバイトで食い扶持を繋ぐ日々。

きっと周囲には二人の結婚を反対する声もあったはず。

それでも妻は円広志さんの才能を信じていたのでしょう。

「円広志さんが売れなくても自分が家計を支える」という思いもあったのかもしれません。

そして結婚の翌年にリリースした「夢想花」が大ヒット。

これまでの苦労が報われて妻と手を取って喜んだ事でしょう。

もし、妻と結婚していなかったら芸能界を諦め、別の仕事についていたかも。

そう考えると今の円広志さんがあるのは妻のおかげと言えるでしょう。

ただ、二人は仕事の都合により20年以上も別居しているそうです。

それでも愛情は変わることなく夫婦仲は良好そのもの。

普段は倹約家だという円広志さんですが、妻の誕生日には約300万円もの高級腕時計をプレゼントする事も。

「今の自分があるのは妻のおかげ」と日々、感謝の思いを抱いているのでしょう。

その感謝の思いを伝えるには300万円でも足りないのかもしれません。

円広志は娘と絶縁状態だった

1977年に結婚した妻との間に娘が1人いる円広志さん。

1人娘という事で大層可愛がって育てた事でしょう。

娘も父が円広志さんという事を自慢に思っていたかもしれません。

ところが円広志さんと娘は絶縁状態となっているんだとか。

親子が絶縁するなんてよっぽどの事ですよね。

一体何が原因で絶縁してしまったのか気になるところ。

そこで調べてみると絶縁の原因となったのは「下ネタ」。

どうやら円広志さんは酔った勢いで娘に物凄い下ネタを言ってしまったそうです。

それをきっかけに父娘の関係にヒビが入ってしまったようです。

絶縁状態になるレベルの下ネタとは一体どんな内容なのか。

常人には想像もつきませんよね。

ただ、娘とは絶縁状態でも娘婿とは一緒に飲むほどの仲良し。

親子関係が本当に崩壊するような危機的な状況ではなさそうです。

円広志は家族のおかげで音楽の道へ

小学校で教師をしていた父親の元に生まれた円広志さん。

父親は小学校の教師、つまりは地方公務員。

それにも関わらず生活は貧しかったんだとか。

そのため母親はよく沈む夕日をみながら泣いていたそうです。

このエピソードからもどれだけ生活が苦しかったかが伝わってきますよね。

おそらく娯楽にお金を費やすような余裕も無かった事でしょう。

そんな中、小学5年生の時に父親が学校から映画「禁じられた遊び」のチケットを貰ってきたことから一緒に見に行く事に。

そして映画の内容よりも強く印象に残ったのがギターで奏でられたテーマ曲の「愛のロマンス」でした。

幸運な事に夏休みに訪れた親戚の家にアコースティックギターがあった事から休みの間、ずっと練習。

よっぽど夢中になって練習していたのでしょう。

その後、おじさんがギターを買ってくれたそうです。

なお、今でもその時のギターを使って曲を作っているんだとか。


初めて手にした自分だけのギアーという事で大切に扱っているんですね。

そして中学生になるとアコースティックギターからエレキギターに転向。

バンドを組み、作詞作曲も行うようになったそうです。

これが円広志さんの音楽活動の原点。

もし父親が映画のチケットを貰ってこなければギターに触れる事は無かったかもしれません。

また、親戚がアコースティックギターを持っていたのも今にしてみれば非常に幸運でした。

病気を自覚しながらも入院を恐れて通院しなかった

1999年にパニック障害を発症している円広志さん。

ある日、番組の生放送中に突如襲ってきた不安や恐怖心。

立っている事が出来なくなり、椅子に座りこんでしまったそうです。

そしてブレーキを踏んでいるはずの車内で勝手に周囲の景色が動き出すような錯覚。

明らかにおかしいと思いながらも病院にはいかなかったそうです。

元々、病院嫌いだったという円広志さん。

それに加えて病院にいけば「即入院」となり番組降板となる確信があったんだとか。

逆に言えばそれだけ自身の体調が悪いと自覚していたということ。

それにも関わらず頑なに通院しなかった事で次第に病状は悪化。

終いにはテレビ局の駐車場で号泣しマネージャーに「全ての番組を降ろしてくれ」と懇願したそうです。

ここまで悪化して初めて通院する事になった円広志さん。

ですが、当時はまだ一般的な病ではなかったパニック障害。

そのため病名が判明するまで様々な病院に通ったそうです。

病名が判明後、治療薬を飲むようになると症状は改善。

4か月後にはテレビ番組にも復帰し、パニック障害である事を公表しました。


そして2021年時点でもパニック障害と付き合う日々。

ただ、20年以上という長い付き合いのため今では症状をコントロール出来るように。

症状が出そうになると薬を飲み、睡眠時間を調整するなどして抑えているそうです。

早期の診断と治療が必要とされるパニック障害。

もし、円広志さんも入院を恐れず、早く通院していればまた違った結果となっていたのかもしれません。

円広志が痩せたのは病気のせい?

近年、円広志さんが痩せたと話題になっているようです。

確かに以前は肌にハリがあり、ややふっくらした顔立ちでした。

ですが、最近は少しほっそりとした顔つきになっているように思えます。

痩せたとなると心配されるのが病気。

円広志さんはパニック障害を抱えているだけに悪化したのか心配になってしまいます。

ですが、前述の通りパニック障害とは上手く付き合う事が出来ています。

そのためパニック障害が悪化した事で痩せてしまったとは考えられません。

また、その他の病気になったという情報もありませんでした。

おそらく年齢を重ねた事でほっそりとした顔立ちになってきたのでしょう。

円広志さんは1953年生まれなので2021年時点で68歳。

一般企業であれば既に定年し、老後を過ごしている年齢ですよね。


そう考えると今現在も精力的に活動しているのは驚異的なこと。

きっとテレビで活躍する姿をみて勇気づけられている人も多いはず。

特に円広志さんと同じくパニック障害に苦しむ人々にとっては希望の星となっていることでしょう。

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