萩尾望都の自宅は飯能。行きつけの喫茶店は神田。弟が優秀、両親は毒親だったのか

『ポーの一族』や『イグアナの娘』などを世に送り出し、「少女漫画の神様」と呼ばれてきた萩尾望都(はぎお もと)さん。

自宅は埼玉県飯能市にあり、名作を発表してきた仕事場も兼ねているようです。

今回は萩尾さんの自宅、テレビ番組で対談していた喫茶店の場所を紹介します。

併せて弟の詳細、両親は毒親という噂を確認し、家族情報をまとめます。

萩尾望都のプロフィール

本名:萩尾望都

生年月日:1949年5月12日

身長:不明

出身地:福岡県大牟田市

最終学歴:福岡県立大牟田北高等学校

萩尾望都の自宅は埼玉県飯能市

萩尾さんの自宅は、埼玉県飯能市にあります。

2016年3月3日放送の『浦沢直樹の漫勉』で、自宅兼仕事場が公開されて話題となりました。

萩尾さんの大ファンの人々は、「一目その姿を見たい」と考え、飯能市に足を運ぶようです。

ただ目撃情報は見当たりませんでした。

なるべく人目につかないように行動しているのかもしれません。

自宅がある場所の正確な住所も分かっておらず、萩尾さんを探すのは至難の業のようです。

萩尾さんにとって飯能市の自宅は、生活空間であると同時に仕事をする場所です。

集中力を失わないためにも、関係者以外は寄せ付けないようにしているのでしょう。

浦沢直樹と対談した行きつけの喫茶店は神田伯剌西爾(かんだぶらじる)

『浦沢直樹の漫勉』では、萩尾さんの自宅だけでなく、行きつけの喫茶店も登場。

対談場所となった喫茶店は、萩尾さんの「お気に入りの喫茶店」とだけ紹介されました。

しかし視聴者の中には、すぐにどこの喫茶店か分かった人が多いようですね。

喫茶店は、東京都千代田区神田神保町にある、自家焙煎コーヒーのお店「神田伯剌西爾(かんだぶらじる)」です。

書泉グランデの隣のビルにある喫茶店で、地下で運営している隠れ家的な名店です。

1972年から続く老舗で、店内には囲炉裏もあり、古民家風の雰囲気が特徴。

落ち着いて勉強できる場所のため、筆者も学生時代に足を運んだことがあります。


濃いコーヒーが好きなため、苦みの強い「神田ブレンド」をいつもオーダーしていました。

名物の自家製レアチーズケーキは甘さが控えめで食べやすく、あっと言う間に完食してしまいますよ。

他にもコニャックショコラやサンマルクなどのケーキも用意されており、持ち帰りにもおすすめです。

ぜひ一度、萩尾さんの漫画を片手に足を運んでみてはいかがでしょうか。

ただし筆者の経験上、やや照明が暗いため、視力が悪い人は本を読みにくいかもしれませんので要注意です。

周辺にある書店巡りに疲れた人が、ほっと一息つくためには最適な場所ですよ。

萩尾望都の弟は優秀で繊細な人

萩尾さんは4人姉弟の次女でした。

姉、妹、弟の3人と共に育ったそうです。

弟は幼少期から成績優秀で、成人後はシステム開発の仕事をしていたようでした。

成績優秀かつ4人の中で唯一の男性だったためか、両親は萩尾さんの弟をかなりかわいがっていた様子。

さらに非常に絵心もあったそうですから、漫画家を志していた萩尾さんは、彼の才能に嫉妬したこともあるのでしょう。

ただ実は弟は、アルコール依存症のようです。

才能もあり、頭も良いにもかかわらず、どうしてもお酒を手放せないことは弱点のようですね。

さらにうつ病も患っているとのこと。

周囲からの期待に応えようとしたものの、プレッシャーを感じて、心が折れてしまったのかもしれません。

萩尾さんは弟に嫉妬していたものの、今では真面目で繊細な性格の彼を心から労わっているのでしょうね。

萩尾望都の両親、母親は作品の毒親のモデル

萩尾さんの代表作『イグアナの娘』には、「毒親」と呼ばれる親が登場します。

いわゆる子供に害を与える親のことで、子供を怒鳴りつけたり、コントロールしようとしたりするなど色々なパターンがあります。

同作では、長女の姿がイグアナに見えてしまう母親が、娘に対して「ブサイク」という言葉を掛けるなどのシーンが描かれました。

ここには萩尾さん自身が、母親に認めてもらいたがっていた頃の心理が反映されています。

萩尾望都の父は萩尾浩、母は淑子

萩尾さんの父・萩尾浩さんは、戦時中に南方での勤務経験がある人でした。


音楽に造詣が深く、バイオリンの演奏ができ、日本弦楽指導者協会の福岡県支部長も務めていました。

著作『南方記 戦地で弾いたバイオリン』では、ジャカルタで終戦を迎え、英印軍の捕虜となった過酷な日々をつづっています。

波乱万丈な半生を送った浩さんの妻は、淑子さんです。

非常に厳格な女性で、娘の萩尾さんが漫画家になることに反対していました。

父の浩さんも、当初は娘が絵を描くことを認めていたものの、漫画家の道については猛反対。

萩尾さんは両親に漫画を描くことを認めてもらうため、心理学の本を読みます。

親の心理を知れば、うまく説得できると考えたのです。

しかしうまくいかず、その後占いの本を読むと、自分と母親の相性が悪いことを知ります。

「相性が悪ければ、話が通じるはずはない。もしかしたら、私は人間ではないのかも」

このように考えた結果、ふと「自分はイグアナかもしれない」と思い至り、『イグアナの娘』が誕生したのです。

解消された母との確執

淑子さんは優秀な長女をかわいがり、萩尾さんを「ダメな子」と思い続けていたそうです。

それでも『イグアナの娘』を読んだ後は、涙を流したといいます。

萩尾さんは恐ろしくて、母親に泣いた理由を訊ねることはできませんでした。

きっと淑子さんとしては、娘を公平にかわいがれなかったことを後悔していたのではないでしょうか。


一流漫画家となった萩尾さんですが、結局母親とは分かり合えませんでした。

それでも「親子はそういうもの」と割り切って考えられるようになったのは、くすぶる気持ちを作品に昇華できたためでしょう。

『イグアナの娘』によって、萩尾さんはようやく母親との確執から解放されたのです。

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