長谷川町子の姉・毬子、姉妹の確執。毬子の現在と美術館&記念館

日本の女性プロ漫画家第一号であり、『サザエさん』の作者としてもおなじみの長谷川町子(はせがわまちこ)さん。

今回は、国民的漫画家・長谷川町子の姉にフォーカスしてお送りします。

姉妹社の社長や長谷川町子美術館の館長を務めた姉の毬子さんはどんな女性だったのでしょう。

姉妹の確執や毬子さんの2021年現在、また美術館の詳細についてもまとめました。

長谷川町子のプロフィール

本名:長谷川町子

生年月日:1920年1月30日

死没:1992年5月27日

身長:非公表

出身地:佐賀県小城郡東多久村(現在の多久市)、福岡市春吉(現在の同市中央区渡辺通)

最終学歴:山脇高等女学校(現在の山脇学園高等学校)

長谷川町子の姉・毬子は『マー姉ちゃん』のモデル

長谷川町子さんは三人姉妹の次女ですが、戸籍上は三女です。

じつは姉の毬子さんと町子さんの間には美恵子さんという次女がいたのですが、美恵子さんはわずか5歳で夭逝しました。

長姉の毬子さんは1917年生まれで、3歳年上です。


NHKの連続ドラマ『マー姉ちゃん』のヒロイン、磯野マリ子のモデルになった女性ですね。

1934年、大黒柱の父が51歳の若さで病死すると、母は貯えを頼りに娘たちを連れて上京します。

油絵が得意だった毬子さんは著名な洋画家に弟子入りして、やがて菊池寛の目にとまり、挿絵画家として長谷川家の家計を助けることに。

その後、朝日新聞社記者の東学(あずままなぶ)さんと結ばれますが、夫は出征し、インパール作戦で戦死。

結婚生活はわずか1週間でした。

戦争未亡人になった毬子さんは、以降、独身を貫きます。

妹の町子さんが漫画家としてデビューして『サザエさん』が人気になると、母の後押しもあって妹と姉妹社を設立。

『サザエさん』の単行本の出版に携わり、姉妹社をきりもりしました。

もともとお転婆だったのに、上京後は博多弁を笑われることもあり、人づきあいや公の舞台への出席が苦手なってしまった町子さん。

そんな妹に代わって仕事の依頼を受けたり、作品の管理をしていたのが毬子さんでした。

町子さんの没後は長谷川町子美術館の二代目館長に就任し、翌年、姉妹社を解散しています。

長谷川町子の姉・毬子と妹・洋子の確執

長谷川町子さんの姪で、長谷川たかこ名義で文筆家として活動する隆子さんは、長谷川家の女性たちはみな男性的な気質で自己主張が強かったと述べています。

父親を早くに亡くし、女ばかりの一家だったため、世間に軽く見られたくないという気概にあふれていたのかもしれません。

なかでも末妹の洋子さんと二人の姉たちの長年の確執は広く知られるところでしょう。

東京世田谷の長谷川家には母と未亡人の毬子さん、独身の町子さん、敷地の離れには洋子さん一家が暮らしていました。

洋子さんの夫が病死したあと、洋子さんも娘とともに一つ屋根の下で生活するようになります。

しかし新居の建築を機に洋子さんは自由を求めて独立。


これが発端となって姉たちと亀裂が生まれたようです。

不和になった決定的な理由は不明ですが、毬子さんは洋子さんからの手紙を封を開けずに送り返していたそうですから、もはや絶縁といっていい状態。

1992年に町子さんが死去した際、近親者は「洋子に知らせてはならない」と厳命されていたそうです。

洋子さんが姉の死を知ったのは、見かねた関係者がひそかに知らせてくれたから。

洋子さん一家が遺産相続の権利を放棄したのは、このような経緯があったからといわれています。

毬子さんと確執があった相手は洋子さんだけでなく、テレビアニメ『サザエさん』の制作スタッフや、番組の広告代理店だった宣弘社の担当者も挙がっています。

姪の隆子さんの言葉どおり、毬子さんが自己主張の強い、やり手の女性だったことは容易に推察できます。

長谷川町子の姉・毬子は2021年現在、すでに鬼籍に

初代館長だった妹・町子さんの後任として、長谷川町子美術館の館長を引き継いだ毬子さん。

翌1993年には高齢などの理由により姉妹社を廃業、作品の版権管理を美術館に移管します。

館長となってちょうど20年後の2012年、毬子さんは94歳の生涯を閉じました。

最期まで洋子さんとの和解はかなわなかったそうです。

現実の長谷川家はサザエさん一家と異なり、ほのぼのとした笑いにあふれた家族とはいかなかったようですね。

長谷川町子美術館に分館の記念館が誕生

長谷川町子さんが漫画で得た収益を投じて、1985年に東京都世田谷区桜新町にオープンした長谷川美術館。


町子さん亡きあとは館名を長谷川町子美術館と改め、毬子さんが館長を務めてきました。

開館の目的は、姉妹が趣味で蒐集した美術品などの展示公開。

収蔵作品は日本画、洋画、工芸品ほか700点以上にのぼります。

東急田園都市線の桜新町駅から徒歩7分ほどのところにあり、駅から美術館までの通りは「サザエさん通り」と呼ばれる商店街で、沿道や店の軒先などにおなじみのキャラクターたちを見つけることができます。

2021年現在の館長は川口淳二さんです。

また2020年には美術館の向かいに分館として長谷川町子記念館が開館。

記念館では『サザエさん』の原画や貴重な写真、仕事に用いたペンなども展示。

板塀に落書きできるコーナーもあるそうですから、古き良き昭和の雰囲気を肌で感じることができそうですね。


生涯独身を通し、晩年は姉と二人暮らしだった長谷川町子さん。

偉大な業績の陰に、毬子さんの力強い支えがあったことは疑いようがありません。

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