半藤一利の家族。孫は編集者、娘が看護。結婚相手は漱石の孫&熊本とのゆかり

『日本のいちばん長い日』をはじめ昭和史に関する著作を発表し、反戦主義を貫いた作家・半藤一利(はんどう かずとし)さん。

2021年に90年の生涯を終えましたが、志を受け継いだ家族が今も活躍しています。

お孫さんの編集者について見ていきつつ、娘さんの詳細も確認しましょう。

併せて、結婚相手である半藤末利子(はんどう まりこ)さんの詳細と、半藤夫婦と熊本県のゆかりについて見ていきます。

半藤一利のプロフィール

本名:半藤一利

生年月日:1930年5月21日

死没:2021年1月12日(90歳没)

身長:不明

出身地:東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)

最終学歴:東京大学文学部国文科

半藤一利の家族:孫は編集者の北村淳子

まず半藤さんの家族から、お孫さんについて見ていきましょう。

お孫さんは編集者の北村淳子(きたむら あつこ)さんです。

幼少期から本が大好きで、高校時代から編集者になる夢を抱いていました。

元文藝春秋の編集者だった祖父から、大きな影響を受けたことが分かりますね。


進学した明治大学文学部では編集者に必要なスキルを身に付けるべく、日本語・日本文学を専攻しました。

2015年に大学を卒業後、株式会社PHP研究所に就職し、晴れて編集者となります。

入社後最初の3年間は実用系の書籍やビジネス書を編集し、その後は小説の編集を担当してきました。

新作の企画立案、作家への執筆依頼、原稿の内容検討に加え、帯コピーや装丁デザインにも携わっています。

「人の心が豊かになる小説を世に出したい」という思いで、日々を送っているそうです。

祖父の半藤さんは2019年に自宅近くで転倒し、脚を骨折して入院。

北村さんはよく入院先の病院へお見舞いに訪れていました。

半藤さんはかわいい孫を「あっちゃん」と呼んで、世間話を楽しんでいたそうです。

半藤一利の家族:娘は晩年の看護を担当

2020年春のある日、北村さんは半藤さんのお見舞いに、病室を訪れました。

孫が病室を去ると、半藤さんは身の回りの世話をしていた女性に「書こうかな」と呟きました。

女性は半藤さんの娘、北村さんの母にあたる女性です。

もし半藤さんの息子さんの妻なのであれば、義理の娘さんということになります。

この娘さんが、晩年の半藤さんの看護を担当していたようです。

後日、北村さんは母から1枚の紙を渡されました。

祖父が病室で書いた、新作の企画書でした。

このとき北村さんは、祖父が「新作をあっちゃんに編集して欲しい」と語っていたことを知らされます。

こうして誕生したのがPHP研究所から出版された『戦争というもの』。

孫の北村さんが編集を担当した、半藤さんの遺作です。

若い世代に向け、太平洋戦争下で語られたスローガンを紹介しつつ、戦争の本質を解説しました。

半藤さんは北村さんに戦争体験を語り聞かせるつもりで執筆し、編集を任せたに違いありませんね。

祖父と孫、2人をつないだ母の協力によってできあがった力作です。

半藤一利の家族:結婚相手は半藤末利子で漱石の孫

半藤さんの妻は、エッセイストの半藤末利子さんです。

文豪・夏目漱石の孫にあたり、『夏目家の糠みそ』『漱石夫人は占い好き』などの著作を発表してきました。

末利子さんは半藤さんの同級生だった兄を介して、彼と出会いました。

子供の頃から断続的に交流した後、半藤さんの方からプロポーズして結ばれたそうです。

以降はおしどり夫婦として円満に暮らしてきた2人。

半藤さんは2020年12月に体調が悪化し、年明けから立てなくなった後、数日で亡くなりました。

死期を悟っていたためか、長年支えてくれた妻に対して「先に逝く」と言葉を掛けて詫びたそうです。

自宅で息を引き取ったときも、末利子さんは枕元で様子を見守っていました。

愛する妻に看取られた半藤さんは、幸せを感じていたのではないでしょうか。

『戦争というもの』の出版に伴い、末利子さんと、編集を担当した孫・北村さんとの対談が実現しました。

祖母と孫であると当時に、作家の妻と担当編集者という関係にあった2人。

改まった場所で対談をしているためか、ややぎこちない会話もありますが、それがむしろほほ笑ましく見えますね。

半藤一利は熊本の人々と交流

半藤さんの義理の祖父にあたる夏目漱石。

漱石は29歳だった1896年(明治29年)4月、教員を務めていた愛媛県の松山中学校から熊本県の第五高等学校に赴任します。

赴任後は4年間熊本県に暮らし、現地で結婚した後、長女・筆子をもうけます。

筆子は末利子さんの母にあたる女性です。

そのため半藤さんにとって熊本県は、義理の祖父と妻にゆかりのある土地なのです。

漱石が熊本に赴任して100年が経った1996年には、漱石来熊記念イベントに参加しています。

イベントをきっかけに、熊本県の人々との交流を深めていたそうです。

漱石を敬愛している半藤さんは、仕事やプライベートで積極的に熊本県を訪れました。

漱石の足跡を巡り、祖父である偉大な作家に思いを馳せる時間を楽しんでいたのでしょう。

文筆・編集分野に大きな貢献をしてきた半藤一家の一員には、明治の文豪まで含まれていたことが分かりましたね。


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