半藤一利の自宅と書庫、妻は夏目漱石の孫。墨子思想と秋篠宮家での家庭教師

『日本のいちばん長い日』をはじめ、昭和史に関するノンフィクション作品を多く執筆した半藤一利(はんどう かずとし)さん。

2021年に90歳で亡くなるまで、戦争の歴史をつづり続けました。

亡くなった自宅は東京都世田谷区にあったそうですが、事実を確認していきましょう。

また妻は夏目漱石の孫という情報、思想の特徴、秋篠宮家の家庭教師を担当した際の詳細を見ていき、作家としての評判をまとめます。

半藤一利のプロフィール

本名:半藤一利

生年月日:1930年5月21日

死没:2021年1月12日

身長:不明

出身地:東京府東京市向島区(現在の東京都墨田区)

最終学歴:東京大学文学部国文科

半藤一利の自宅は世田谷

半藤さんの自宅がどこにあるのか調査しました。

住所が公表されているわけではないため、正確な場所は不明です。

ただ東京都世田谷区の、ある程度立派な邸宅に暮らしていたことは分かっています。

自宅内には数多くの書籍を収めるための書庫がありました。

書庫を設けられるほどのスペースがあるなら、邸宅であることは間違いないですよね。

半藤さんは2021年1月12日、自宅で老衰により90年の生涯を終えました。

2019年の夏に転倒し、大腿骨を折って入院していたそうです。

手術が長引き、ようやく2020年4月に退院。

12月末に体調が急速に悪化し、年明けから歩行困難となり、5日後に亡くなったといいます。

妻に対して「先に逝くことを、許してください」と詫びていたそうです。

死期を悟っていたからこそ病院へは行かず、住み慣れた自宅で最期を迎えることを選んだのかもしれませんね。

妻は夏目漱石の孫・末利子

半藤さんに最期まで寄り添った奥さんは、末利子(まりこ)さんというエッセイストの女性です。

文豪・夏目漱石の長女である筆子さんと、漱石の弟子だった作家の松岡譲さんの四女として生まれました。

つまり末利子さんは、漱石の孫にあたるのです。

早稲田大学と上智大学を卒業し、『夏目家の糠みそ』『漱石夫人は占い好き』といった漱石関連のエッセイを執筆しました。

末利子さんは、兄が長岡中学で半藤さんの同級生だったため、彼と交流するようになったそうです。

半藤さんの方から「どうしても結婚して」と求婚したことで結ばれたといいます。

彼は亡くなるまで非常に優しく接してくれたとのこと。

文才に恵まれたインテリのおしどり夫婦だったのですね。

2017年からは「新宿区立漱石山房記念館」の名誉館長に就任し、祖父の業績を後世に伝えています。

ノンフィクション作品の名手である夫と、日本を代表する文豪の祖父を持つ、知性に満ちた女性であることが分かりましたね。

半藤一利は墨子の思想を重視

半藤さんは亡くなる当日の明け方、末利子さんに「起きてる?」と声を掛けたそうです。

末利子さんが慌てて枕元に座ると、彼は自身の尊敬する思想家について語り始めました。

「墨子を読みなさい。2500年前の中国で戦争に反対していた。偉いだろう」とのことでした。

半藤さんは、非戦論を掲げて実践に努めた墨子を尊敬し、書籍『墨子よみがえる』も執筆しています。

墨子の反戦思想を常に意識しながら、日本が二度と道を踏み誤らないよう史実をまとめ続けました。

また戦争体験者だからこそ、戦争につながる動きはすべて摘んでいくことを心がけていたそうです。

戦時中に軍国教育を受け、戦後は一転して民主主義の教育を受けた世代だからこそ、「絶対」という言葉は使いませんでした。

半藤さんは戦時中に大人たちが押し付けてきた絶対的な価値観は、「すべて嘘だった」と感じました。

そのため戦時中の教育方針が間違っていたこと、戦後に大人たちが教育方針を急転換させた事実を肝に銘じて過ごしてきたのです。


「絶対」と言えることがあるとすれば、「絶対に戦争をしてはいけない」ということだけなのでしょう。

墨子思想に影響を受けた平和主義者である半藤さんの、最後の遺言と言えますね。

半藤一利は秋篠宮家で1日だけ家庭教師となる

半藤さんは2018年8月15日の終戦記念日に、秋篠宮家に招かれ、2時間だけ家庭教師を務めました。

当時小学校6年生だった悠仁殿下に、太平洋戦争が起こった理由を分かりやすく伝える役目を仰せつかったのです。

「そんな幼い子に話せる内容ではない」と最初は断ったものの、「さわりだけなら」と最終的に承諾。

次代の天皇家を背負う悠仁殿下に対して、家庭教師として戦争の歴史を教えました。

悠仁殿下は熱心に話をお聞きになり、休憩時間には原爆が投下された理由を質問されたそうです。

さらに父の秋篠宮様からも「統帥権(とうすいけん)について、詳しく教えてください」との質問が上がりました。

「統帥権」は軍隊に対する天皇の指揮権のことで、説明するだけでも難しい概念です。

半藤さんはややこしい概念を説明することに時間を費やした結果、後半の1時間半は秋篠宮様との会話で終わってしまいました。


それでも悠仁殿下は、眠りもせずにじっと耳を傾けていたそうです。

戦争の悲劇をくり返さないため、天皇家でもできる限りのことをしようと、父子そろって半藤さんの話を傾聴されたのですね。

半藤一利は右派の間でも評判が高い

半藤さんは反戦思想を貫いているからこそ、思想的には左派のように思えます。

「極端な愛国主義者が国をダメにする」という趣旨の発言もしており、愛国心ある右派からは評判が悪そうですよね。

実際にネット上では半藤さんの評判が悪いという噂もありました。半藤さん自身もその事実を認めていたようです。

しかし史実を詳細に調べた誠実なジャーナリストだからこそ、意外にも保守系の人々からも高く評価されている様子でした。

現地を歩き、綿密な取材を重ねた正真正銘のジャーナリストだった半藤さん。

反戦思想の持ち主ではありますが、「思想云々よりも史実を重視」した生涯だったと言えますね。


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