現役引退後はタレントとして活躍していた渡嘉敷勝男(とかしきかつお)さん。
現在はジムの会長とYouTuberが主な活動となっているようです。
ジムを開設したのは尊敬する渡辺二郎さんの存在も無関係ではないのかも。
意外にも若い頃は喧嘩に明け暮れる不良少年。
ヤンバルクイナという可愛らしいあだ名からは想像がつきませんよね。
渡嘉敷勝男のプロフィール
本名:渡嘉敷勝男
生年月日:1960年7月27日
身長:156.4cm
血液型:A型
出身地:沖縄県コザ市
最終学歴:浪速工業高等学校中退
所属事務所:株式会社太田プロダクション
渡嘉敷勝男は現在、ジムの会長兼YouTuber
現役時代はWBA世界ライトフライ王座を5度も防衛した名ボクサーの渡嘉敷勝男さん。
引退後はタレントに転身するとバラエティ番組に引っ張りだこ。
今で言う「おバカタレント」としてお茶の間の人気者となりました。
ところがここ数年はテレビでその姿を見かける機会が殆どありません。
もしかすると「干された」、「飽きられた」と思う人もいるかもしれません。
ですが渡嘉敷勝男さんがテレビに出なくなったのは後進の育成に尽力しているから。
1997年10月、東京都中野区に「渡嘉敷ボクシングジム」をオープンすると会長に就任。
それ以降は将来のチャンピオンを育てるため奮闘。
過去にはOPBF王者で世界戦も経験した山口真吾さんも所属。
2022年2月時点で6人のプロボクサーが所属し、トレーニングに励んでいます。
プロの育成の他、一般の人を対象としたトレーニングコースも。
元世界チャンピオンに指導してもらえるなんて何とも贅沢な話ですよね。
渡嘉敷勝男さんのジムという事で脚を運ぶ人もきっと多い事でしょう。
また、ジムの会長だけでなくYouTuberとしても活躍。
個人で開設した「トカちゃんねる」だけでなく竹原慎二さん、畑山隆則さんと一緒に開設したチャンネルにも出演。
元世界チャンピオンならではの視点やコメント、企画が大好評。
再生回数が10万回を超える動画が多いのが何よりの証拠と言えるでしょう。
現役を引退してから長らくタレントとして活躍してきた渡嘉敷勝男さん。
ですが、その原点にあるのはやはりボクシング。
常にボクシング界のために協力したい、と考えていたはず。
そしてジムを開いて若手の育成をしながら、YouTubeでボクシングの魅力を伝える活動を始めたのだと思われます。
今後、渡嘉敷勝男さんがきっかけでボクシングを始める人も出てくるでしょう。
きっと渡嘉敷ジムから世界チャンピオンが誕生する日も来るはず。
もしかすると現役当時よりも今の方がボクシング界にとって欠かせない存在となっているかもしれません。
尊敬するボクサーは渡辺二郎
渡嘉敷勝男さんが尊敬していたボクサーは渡辺二郎さん。
かつてバラエティ番組の企画で共にボクシングの指導を務めた事も。
また、井上尚弥さんを除いたスーパーフライ級の日本人史上最強のボクサーとして渡辺二郎さんの名前を挙げています。
日本人で初めてPFPで2位となった井上尚弥さんが別格なのは仕方がありません。
世界規模で見ても史上最強クラスですからね。
ただ、スーパーフライ級には他にも川島郭志さんや飯田覚士さん、井岡一翔さんなど凄い世界チャンピオンばかり。
その中で日本人史上最強に名前を挙げられた渡辺二郎さん。
軽量級とは思えないパンチ力とクレバーな戦い方がその理由。
プロ目線で見るとよっぽど群を抜いているのでしょうね。
年齢は渡辺二郎さんの方が年上ですが、渡嘉敷勝男さんの方がデビューは先。
また、世界王者になったのも渡嘉敷勝男さんの方が先でした。
現役のボクサーならば「自分が一番」という思いがあるはず。
それが世界チャンピオンともなれば尚の事。
それでも尊敬するボクサーとして渡辺二郎さんを挙げる渡嘉敷勝男さん。
現役当時はそれだけ凄いボクサーだったという事なのでしょう。
それだけに渡辺二郎さんが現役を引退後、道を外れた事が残念でならないはず。
ひょっとするとジム設立したのは「渡辺二郎さんに働く場所を提供したい」という思いがあったのかも。
若い頃は喧嘩ばかりの不良少年だった
現役引退後はおバカキャラで弄られる事が多い渡嘉敷勝男さん。
ですが、高校生の時は喧嘩ばかりの不良少年。
当時を知る人達はテレビで弄られる姿を見て驚いた事でしょう。
不良少年だった渡嘉敷勝男さんがボクサーとなったきっかけが具志堅用高さん。
具志堅用高さんの試合を観た事でボクシングを始めようと思ったそうです。
そして上京すると具志堅用高さんも所属する協栄ジムに入門。
同門のため試合を行う事はありませんでしたが、スパーリングパートナーとして何度も対戦。
また、具志堅用高さんの試合相手のスパーリングパートナーを務める事も多かったそうです。
今では強敵と何度もスパーリングをしたおかげで渡嘉敷勝男さんは世界チャンピオンになれたと言われています。
生まれ持っての才能もあったのでしょうが、実践に勝る訓練はありません。
世界のトップレベルを身を持って体感し続けた事が良い方向に繋がった事は間違いないでしょう。
なお、具志堅用高さんとの初めてスパーリングで鼻骨を骨折。
その夜には発熱するなど散々な結果に終わったそうです。
それでも根性を見せた渡嘉敷勝男さんを具志堅用高さんは高評価。
トレーナーに「これからスパーリングパートナーに使おう」と発言したそうです。
これを聞いた渡嘉敷勝男さんは心の中で「お前が俺のパートナーだ。逆に使ってやる。」と呟いたんだとか。
これくらいの負けん気の強さも世界チャンピオンになるには必要なのかもしれません。
現役時代のあだ名はヤンバルクイナ
きっと渡嘉敷勝男さんのあだ名を聞かれると「トカちゃん」と答える人が多数派でしょう。
ですが、現役当時は全く違ったあだ名があったんです。
それは「ヤンバルクイナ」。
同じく協栄ジムに所属する具志堅用高さんのあだ名が「カンムリワシ」でした。
そのため当時、ジムの会長だった金平正紀さんが「具志堅がカンムリワシなら渡嘉敷はヤンバルクイナ」と命名。
これ以降、ヤンバルクイナがあだ名として定着する事になりました。
これを機にヤンバルクイナの認知度も急上昇。
今も沖縄県を代表する鳥として広く知られていますよね。
ボクシング界だけでなく沖縄県にも貢献する渡嘉敷勝男さん。
数多のボクサーがいる中でレジェンドと呼ばれるのも納得ですね。
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