安住淳の身長は?メガネはサーモント。パチンコ&選挙が強い秘密。若い頃の経歴はNHK記者

安住 淳(あずみ じゅん)さんは立憲民主党も屈指の人気と実力を誇っていますが、激しい追及の反動なのか身長やパチンコ業界との関係がやり玉に挙がっています。

さらに選挙の強さやメガネなど色々な面が広く話題になっているそうなので、今回は安住さんのパーソナルな部分や若い頃の経歴などをリサーチしていきましょう。

安住淳のプロフィール

本名:安住 淳 (あずみ じゅん)

出身地:宮城県石巻市

生年月日:1962年1月17日

最終学歴:早稲田大学(社会科学部)卒業

主な肩書:財務大臣(第15代) / 立憲民主党国会対策委員長(初代)

安住淳の身長やメガネについて

まずは安住淳さんの身長やオシャレと話題のメガネについて見ていきましょう。

安住さんは比較的背が低いことから「ちびっこギャング」と陰口を言われることが多く、ネット上でも身長について調べたり話題になることが多いそうです。

さっそく身長について調べてみましたが、公式サイトやプロフィールにも具体的な数字は一切記載されていませんでした。


ただ、有名人と並んでいる画像を参考にすることで大まかな身長を推測することができます。

何か良いツーショットが無いか調べてみると、2020年1月に個性的な眉毛で印象的だった井上咲楽さんから取材を受けている画像があったのでご覧ください。

井上さんの身長は「152センチ」と公表されているので、比較すると安住さんの身長は”160センチ前後”と推測できます。

一方、立憲民主党の女性議員たちと並んでいる画像では石垣のり子さんより少し低く、鎌田さゆりさんとほぼ同じなので男性の中では少し小柄と言えるでしょう。

もっとも、女性はハイヒールパンプスを履いている可能性もあるので単純な比較は難しいですが、150センチ台後半から160センチ台前半とみて間違いないです。

外見の関連では愛用のメガネも話題になっていましたが、安住さんが着用しているのはフレームの上部が眉に似ている「サーモント」というデザインでした。

安住さんはどちらかと言えば童顔寄りの顔立ちをしていることから、イメージチェンジや知性をアピールするためにサーモントタイプを選んだのかもしれません。

政治家は観られる立場なので身長やメガネなど身なりも大事ですが、何よりも広い視野と先を見通す眼力が大事なのは改めて言うまでもないでしょう。

安住淳はパチンコ業界とズブズブ?

この項目では安住淳さんとパチンコ業界の繋がりについて見ていきます。

安住さんは今は亡き民主党の「娯楽産業健全育成研究会(パチンコ議連)」で世話人をしていたことから”パチンコ業界”との関係が取り沙汰されていました。

議連があった当時はパチンコ業界から陳情や要望を受けていたものの、民主党が無くなった際に議連も消滅したので2023年現在は特に関係が無いそうです。

国会議員の中には「パチンコ・チェーンストア協会」の政治分野アドバイザーを務めている人も多く居ますが、そこに安住さんの名前はありませんでした。

「パチンコ・チェーンストア協会」理事・会員リスト

もちろん関係が全くの白紙になったとまでは言えないでしょうが、表向きは業界と距離を置いていることが伺えました。

もっとも、各種業界団体は野党ではなく与党の議員を重要視する傾向があるので、安住さんに本格的なアプローチがあるのは先になるかもしれませんね。

安住淳が選挙に強い理由は?

こちらの項目では安住淳さんの選挙の強さについて見ていきます。

政治家にとって選挙は避けては通れないものである一方、仲間やライバルに自身の強さを見せつけることが出来る貴重な場と表現することもできるでしょう。

安住さんは初当選となった1996年10月の「第41回衆議院議員総選挙」から2023年現在まで9連勝しており、立憲民主党内でも屈指の強さで一目を置かれています。

直近の選挙(第49回衆議院議員総選挙)では自民党が公認した森下千里さんとの一騎打ちを制しただけでなく、比例復活もさせないという圧勝を収めました。

安住さんの選挙の強さには所説ありますが、父・重彦さんが選挙区内の牡鹿町長だったこと、加えて元々リベラル色が強い地域ということが大きいそうです。

また、長らく議員を務めていた日野市朗(ひの いちろう)さんが亡くなった際、後継者が出てこなかったので一本化できたという側面もあるとのことでした。

さらに付け加えると、対抗馬である自民党の候補者が頻繁に変わる点も強さを補強しています。


選挙期間中だけでなく普段からの活動や知名度が当選に繋がるので、長年に渡って宮城5区で現職を務めている安住さんが選挙に強いのは当然の結果でした。

まさに”継続は力なり”と言えますが、それが正しいかどうかは別の話でしょうね。

若い頃はNHK記者という経歴の持ち主

最後に安住淳さんが若い頃にNHK記者をしていたという経歴を見ておきましょう。

安住さんは1985年3月に早稲田大学を卒業してNHKに入局し、初任地の秋田支局を経て本局(東京報道局)の政治部記者に抜擢されたというかなりのエリートでした。

しかも政治部記者としては花形と言える総理官邸や自民党を担当していたので、退局して政治家を目指すと知った人は驚きの声を隠せなかったそうです。

ちなみに、2021年10月から「報道ステーション」(テレビ朝日)のキャスターを務めている大越健介さんは政治部の同期。

仮に安住さんが退局せずに政治部記者として活動を続けていたとすれば、もしかすると大越さんの代わりに報道番組の司会をしていたかもしれませんね。

ただ、テレビ局員や新聞記者から政治家への転身は珍しいことではなく、他にも安倍晋太郎さんや石原伸晃さん、杉尾秀哉さんら個性的な人物が名を連ねています。

記者であれば政治家の大変さをよく知っているので政界入りをためらいそうなものですが、それを遥かに上回る情熱が安住さんを突き動かしたのかもしれませんね。


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