小沢健二の父親・小澤俊夫、火傷を負った過去、職業で昔話研究者。相模原からドイツへ

華麗なる一族としても知られるシンガーソングライターの小沢健二さん。

ソロデビュー後まもなく「今夜はブギーバック」で人気を博し「渋谷系の王子様」として一時代を築きました。

一族の話題で注目を集めることも多い小沢さんですが、今回は父親の火傷の真相や職業、一家で相模原から海外へ渡ったことについてお伝えしていきます。

小沢健二のプロフィール

愛称:オザケン

本名:小沢健二

生年月日:1968年(昭和43年)4月14日

職業:シンガーソングライター・作詩家・朗読家

出身地:神奈川県相模原市

レーベル:Universal Music

SNS:ツイッター(登録者14万人)・インスタグラム(同5万人)・YouTube(同5万人)

小沢健二の父親は小澤俊夫(おざわとしお)で世界的指揮者小澤征爾の次兄

小沢さんの父親である小澤俊夫さんは旧満州で4兄弟の次男として生まれています。

すぐ下の弟が言わずと知れた世界的指揮者の小澤征爾さんですね。

長男が彫刻家、俊夫さんが文学者、三男が指揮者、四男が俳優・エッセイスト。


さらには小沢健二さんのいとこにあたるその子供たちまでもが様々な分野で活躍しているため、「華麗なる一族」と言われる由縁となっています。

俊夫さんが10歳くらいまでを北京で過ごし、昭和16年頃から日本での生活がはじまりました。

小沢さんの祖父にあたる小澤開作さんは歯科医でしたが、政治評論集を手掛けるなど政治団体にも関わっていました。

そのため軍部から憲兵が毎日のように来て監視され、こころ穏やかではない日々だったと俊夫さんは語っています。

それでも父は国のことを憂いて平気で軍部批判をするので、いつ捕まるかとヒヤヒヤする日々を過ごしました。

その一方で「好きなことをやりなさい」という教えが小澤家にはありました。

それが子供たちの持つ才能を伸ばすことに繋がったという見方もできるのではないでしょうか。

個性的とも言える感性と才能で多くの人々を魅了する小沢健二さんですが、父親も経験したその教えのもと磨かれた魅力なのかもしれません。

世代を超えてもなお著名な文化人を世に送り出している小澤家ですが、紐解いたその先が開作さんへと繋がるルーツであり原点なのかもしれませんね。

小澤俊夫の顔には火傷の跡?病気?つらい過去の真相

恵まれた環境で人生を送られているようにも感じられる小澤俊夫さんの顔半分には火傷のような跡が見受けられます。

病気だという噂もありますが、ここではその真相についてお伝えしていきます。

病気ではなく火傷

旧満州で生活していた小澤家に悲劇が襲います。

1歳だった俊夫さんが顔に大やけどを負ってしまったのです。

ほろ蚊帳に火が移り、燃えたカスが顔に落ちてしまったのが原因でした。

この頃父親は軍の手伝いで忙しく、母親はひとり子育てに追われることになり余裕のない日々を送っていました。

俊夫さんの顔に大きな火傷の跡を負わせてしまった…と母親は長年苦しむことになります。

病気が原因ではないかという噂もあるようですが、俊夫さんが顔に火傷を負ったことがその真相です。

火傷が原因でいじめを受けたつらい過去

自責の念に苦しむ母親を気遣い、顔の傷のことは聞かないまま長い年月を過ごしたのでした。

顔の火傷が原因でいじめを受けるなど、つらい経験をした小澤俊夫さん。

いじめについては多くを語られていませんが、つらさゆえ語られていない可能性もあるのではないでしょうか。

そして母親が90歳になった時、俊夫さんに初めて真相を明かしたそうです。

顔の傷の原因を聞こうとしなかった俊夫さんは、きっと母親思いの優しい青年だったのでしょう。

いじめにも耐えてきた俊夫さんの心の内を思うと少し切ない気持ちになりますね。

小沢健二の父親小澤俊夫の職業は昔話研究者

幼少期、苦難に見舞われた小澤俊夫さんですが、熱心に研究し文学者となり、長年教鞭をとった大学教授を2000年に退職しました。

日本のドイツ文学者として紹介されることも多いですが、ドイツ文学に触れた際に出会ったグリム童話が昔話に興味を持つきっかけとなり、現在(2023)は昔話研究者として活動されています。

昔話研究者とはあまり聞きなれない職業ですが、昔ばなしの「語り口」の重要さを伝える一方でそれを指導できる人も広めるなど奔走されているようです。

1992年に開講した「昔ばなし大学(市民大学)」では全国各地を回り、1998年には昔話など口伝えの文芸を研究する「小澤昔ばなし研究所」を設立し所長も務められています。

小澤昔ばなし研究所は、口承文芸学者小澤俊夫によって設立された、昔話やメルヒェンなど口伝えの文芸を研究する私設研究機関です。

自身が大好きだという「三年寝太郎」のお話は、ユーモアも交え「人は変われる」と、昔ばなしを通じて語りかけています。

「大丈夫か?と思っていた生徒が、今では社会に出て立派にやっている。僕の言葉で言えばコイツはどこかで起きたんだ。」

あっという間に昔ばなしの世界へと招き入れるような温かく柔らかい小澤俊夫さんの語り口に、ついつい耳を傾けてしまう方も少なくないかもしれません。

大人になると昔ばなしに触れることは少なくなりますが、大人だからこそ感じられる世界観があるのかもしれませんね。

小沢健二は幼少期に相模原からドイツへ

小沢健二さんも幼少期は父親からたくさんの昔ばなしを聞かされたのでしょうか?それはとても楽しい昔ばなしだったことでしょう。

小沢さんは神奈川県相模原市で誕生していますが、父親の仕事の都合で2歳~5歳までをドイツで過ごしています。

3年間ほどの生活でドイツ語が流暢だったと言われていますが、東大卒という高学歴であることを考えると不思議ではないかもしれません。

幼少期に相模原市を離れているため、それに関しての情報やエピソードなどはそう多くないようです。


現在も歌手として活動し、SNSなどを通じて情報を発信している小沢健二さんですが、インスタグラムには2人の息子さんも多く登場されています。

今後ひょっとしたら父親の小澤俊夫さんが登場することもあるのかもしれませんね。

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