松下幸之助の愛人は20人?妻は井植むめの。隠し子が芸能人の噂、世田谷夫人とは

パナソニック(旧:松下電器産業)の創業者で、日本を代表する偉大な実業家である松下幸之助(まつした こうのすけ)。

徳のある人物として慕われていたとされていますが、実は愛人が多数おり、スキャンダルにまみれた一面もありました。

今回は松下の愛人、妻・井植むめのの詳細、隠し子が芸能人という情報を確認します。


併せて、第二夫人とされた世田谷夫人とはどのような女性だったのか見ていきます。

松下幸之助のプロフィール

本名:松下幸之助

生年月日:1894年11月27日

死没:1989年4月27日

身長:167cm

出身地:和歌山県海草郡和佐村千旦ノ木(現在の和歌山市禰宜)

最終学歴:関西商工学校夜間部予科(現在の関西大倉中学校・高等学校)

松下幸之助は愛人が多かった

生前の松下は愛人が多数おり、婚外子もいるとされています。

正確な数はわかっていませんが、噂によると20人ほどの愛人がいたそうですよ。

詐欺容疑で逮捕された尾上縫さんという女性も愛人だったと言われる1人。

すき焼き屋「ミナミ」の仲居出身で、400億円の定期預金を持つ資産家へと成り上がった女性です。

仲居だった頃、美貌を武器に多くの男性を誘惑しており、松下もその1人だった可能性がありました。

しかし尾上さんが資産家となったのちバブルが崩壊。資金繰りに苦労するようになった結果、詐欺を行い大阪地検特捜部に逮捕されてしまいます。

1991年8月に逮捕されたのち、2003年4月21日には懲役12年の実刑が下されました。

負債総額はおよそ4,500億円にものぼり、破産の憂き目に遭いました。

しかし数日後、なんと7億円もの保釈金を支払って出所に成功しています。

どうやって多額の保釈金を手に入れたかは不明ですが、有力な資産家が肩代わりをしてくれた可能性が高いです。

その資産家が、松下だったのではないかと言われています。

真相は謎に包まれているものの、大企業の創業者である松下ならば、余裕で支払える金額だったことは間違いありませんね。

松下幸之助の妻は井植むめの

松下の正妻は井植むめのという女性で、非常に外交的な性格を活かし、松下電器の社員たちの育成に励みました。

三洋電機の創業者・井植歳男の姉であり、19歳で松下とお見合い結婚します。

松下電気器具製作所の草創期から経理事務を引き受け、住み込み社員の生活を支え、「社員の母」として慕われる存在となりました。

むめのは毎朝6時には起床して新聞7紙を読み、夫宛の雑誌にも目を通して、社会情勢や夫の仕事をしっかり理解していたそうです。

少しでも夫の利益になる情報を得ようと積極的に知識を付け、陰から松下電器の発展を支え続けました。

1989年4月27日、松下は94歳で亡くなります。

5年後の1993年9月5日、むめのは97歳でこの世を去りました。

常に夫を立てて、半歩後ろを歩き続けた生涯にふさわしい亡くなり方だったのかもしれません。

松下幸之助の隠し子は多数いるらしい

松下はむめのとの間に長女と長男をもうけましたが、婚外子も多数いたとされています。

なんと大女優の三田佳子さんも、婚外子の1人だと噂されているそうです。

年齢的にはあり得ますが、あくまで噂に過ぎません。

ただ三田さんのような美しい女性が子供だという噂が流れているのですから、松下は美人女性ばかりを愛人に選んでいたのではないでしょうか。

また、PHP総合研究所・PHP研究所の社長を務めた江口克彦さんも婚外子と噂されていました。

20年以上、松下の秘書を務め、厚い信頼を寄せられていたことから噂が生じたのでしょう。

どうやら今も松下のDNAは各方面に受け継がれているようですね。

松下幸之助の第二夫人・世田谷夫人

松下には30歳年下の第二夫人がおり、彼女は世田谷夫人と呼ばれています。

経済小説家の清水一行が小説『秘密な事情』でつづった情報によると、松下は世田谷夫人との間に4人の子供をもうけたそうです。

子供たちが成人すると、会社の仕事に従事させることで面倒を見ました。

認知を済ませていたため、松下の死後、子供たちは実名が税務署によって明かされてしまいます。

当時は遺産総額が5億円以上となる場合、相続人は実名を明かされていたのです。

娘婿で当時の松下電器会長・松下正治は「プライバシーの侵害」を訴え、週刊誌の記者から世田谷夫人について質問されると「知らん」と吐き捨てました。

さらに写真週刊誌「フォーカス」には、世田谷夫人と3人の実子の写真が掲載されてしまいます。

こうして松下には第二夫人と婚外子がいたことが明らかとなったのです。

かつて新製品の展示会場には世田谷夫人が、豪華な衣装に身を包んで現れ、会場の人々の注目を浴びていました。


「幸之助夫人」として振る舞い、むめのに対抗するつもりだったのではないでしょうか。

「経営の神様」と慕われた偉大な実業家は、スキャンダルにまみれた1人の人間でもあったのです。

松下幸之助の凄さとは。若い頃と生い立ち、歴は中卒。生家跡に座敷わらし

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