武尊はヤンキーだった?生い立ちや高校・中学時代の驚愕秘話!出身地は鳥取県

那須川天心(なすかわ てんしん)さんとの世紀の一戦で、話題をさらった武尊(たける)さん。

試合後にパニック障害とうつ病の診断を受けていたことを告白し、休養を発表したことにも驚きましたね。

そんな彼には、昔ヤンキーだったという噂が立ったことがあります。

気になる生い立ちや、高校・中学時代のエピソード、出身地に関して調べましたのでご覧ください。

武尊のプロフィール

愛称:ナチュラル・ボーン・クラッシャー

本名:世川武尊

生年月日:1991年(平成3年)7月29日

身長:168cm

出身地:鳥取県米子市

最終学歴:星槎国際高等学校(通信制)

所属:K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST

武尊はモテるためにヤンキーに

武尊さんには、過去にヤンチャだった時期があるのは本人の口からも語られています。

田舎って不良がモテるんですよ。悪いことをすればカッコいい。

荒れてヤンキーになったというより、女性にモテるために格好から入っていた側面があったのでしょう。


田舎だと大人しくしているより、少し悪い感じの方がモテて、悪いことをしたほうがカッコいいという価値感があったようです。

通っていた学校が、元々少しヤンチャな校風だという噂もありますので、その影響もあったのかもしれません。

まずは形からということか、中学生になると髪を明るく染め、ピアスの穴を開けていたそうです。

バンドもやっていたそうで、実際に女性からモテていたということなので、本人の狙い通りだったということでしょうか。

この時点では、習っていた空手はしっかりと続けたようです。

大人から見れば、まだ可愛らしい範囲ですよね。

しかし、高校生となった後は少し事情が違ってきます。

授業をサボって学校に登校しなくなるなど、本格的に素行不良と呼べるような状態になってしまったのです。

結果的に彼は、わずか3ヶ月で通っていた高校を退学することになりました。

恩師の助け

高校を退学した武尊さんは、夢を失い、塞ぎ込みがちになってしまいました。

それまで続けていた空手の練習も休むようになったそうで、このままだともしかしたら社会からドロップアウトしてしまっていたかもしれませんね。

しかし、そんな彼に救いの手が差し伸べられました。


救世主となったのは、小学2年の時から通っていた空手道場の指導者である安井博美(やすい ひろみ)さんです。

安井さんは、グレていた武尊さんと顔を合わせた時にこう言ったそうです。

「お前がやりたいことはなんだ。やりたいことがあるなら、また練習に来いよ。」

武尊さんは、先生からいわれたひと言で、真剣に競技と向き合おうと決意したといいます。

この言葉は、おそらく助けを必要としていたであろう武尊さんの心に刺さったのでしょう。

それ以降、トレーニングに再び励むようになったそうです。

もしかしたら、この時手を差し伸べられていなければ、私達が知る彼の活躍はなかったのかもしれませんね。

余談ですが、この先生はとても厳しく武道家としての生き様を持っていたようで、武尊さんにもその姿勢が受け継がれたようです。

常在戦場といった感じで、とてもカッコいいですよね。

武尊さんの生い立ち、高校・中学時代の㊙エピソード

武尊さんの父親は大のプロレスファンだったそうで、その影響で幼い頃からプロレスを見て育ちました。

往年の名プロレスラーの姿をたくさん見て、その姿に憧れたことが格闘家としての彼のルーツになったそうです。

そして、小学2年の時に運命的な出来事がありました。

テレビで「K‐1ワールドグランプリ」を見ている時に、彼の目にあのK1史上に残る伝説のファイターであるアンディ・フグさんの姿が焼きついたのです。

「K-1のアンディ・フグ選手の試合を見て、こういう選手になりたいなと思って格闘技を始めたので、スターはアンディ・フグ選手です」と答えた。

その姿はとてもカッコよく、空手をやれば自分もK‐1に出られるかもしれない。

そう感じた彼は、すぐ親に空手道場に通わせてくれるよう頼んだそうです。

振り返って見れば、武尊さんはなるべくしてK1ファイターになったんですね。

中学時代に土下座していた

武尊さんは、中学時代とてもモテていたそうです。

すぐに女性を好きになってしまう性格だそうで、次々と告白をして、付き合っては別れてを繰り返しました。

普通なら一人の相手と付き合っているなら、それなりの期間交際を続けるでしょうが、彼は付き合った時点でゴールした感覚になってしまったと語っています。

武尊は元カノと修羅場になったことがあるという。

その結果、卒業の際に彼に振られた元カノ達により、神社に呼び出されてしまうことになりました。

その際に、謝罪をすることを求められた武尊さんは、1人1人に対して土下座をして謝ったそうです。

ある意味では、誠意があるということなのでしょうか。

皆さんの判断に委ねます。

武尊は保育士を目指して高校に入学した

武尊さんは子どもが大好きなそうで、高校に入学する際に、保育を学べるところを選んだそうです。

そんなてぃ先生とトークを繰り広げる中、武尊は子供好きであることをアピール。

格闘家と保育士、どちらの道に進むか悩んだこともあったとのことです。

結果的に、高校は3ヶ月で退学になり、保育を学び切ることはできませんでした。

しかし、今でも保育士に対する気持ちは残っているようで、格闘家を引退した後の職業候補なのかもしれませんね。

武尊の出身地である鳥取県米子市のバックアップ

武尊さんの出身地が、鳥取県米子市であることは知られているでしょう。

そんな米子市が、那須川さんとの世紀の一戦の際、市をあげて応援していたことはご存知でしょうか。

同市にある百貨店に、武尊さんを応援するため、市が特設ブースを設けていたのです。

市長も、彼のことを米子市の誇りと言っており、武尊さんにもその応援の声は届いていたことでしょう。

残念ながら試合には敗れてしまいましたが、故郷の誇りとして胸を張って欲しいですね。

ヤンチャだった中学・高校時代。


周りの助けもあり、苦しい時期を乗り越え、今では日本を代表する格闘家へと成長しました。

もちろん、その裏には自身が持つ格闘技への真摯な姿勢と、計り知れない努力があったのでしょう。

2022年7月現在、彼はしばしの休息に入りましたが、今回もまた戻ってきてくれることを期待しましょう。

彼にはそれができる強さがあるのですから。

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