稲垣潤一、病気で死別した前妻と現在の妻。自宅&年収は?若い頃と変わらぬスタイルとは

稲垣潤一(いながきじゅんいち)さんは大ヒット曲「クリスマスキャロルの頃には」で知られる歌手です。

1982年にシングル「雨のリグレット」でデビューしました。

2022年現在69歳ですが、ライブ活動なども行い精力的に活動されています。

そんな稲垣さんの、死別された前妻との過去や、現在の奥様の話などを、お伝えします。

稲垣潤一のプロフィール

本名:稲垣潤一

生年月日:1953年(昭和28年)7月9日

身長:173cm

出身地:宮城県仙台市

最終学歴:宮城県工業高等学校卒業

所属事務所:オー・エンタープライズ株式会社

稲垣潤一、病気を患っていたとされる前妻との死別について

稲垣潤一さんには、地元仙台で活動していた頃から支えてこられた笛美(ふえみ)さんという奥様がいらっしゃいました。

1989年に発売された「J’s WAY」という稲垣潤一さんの半生が綴られた本に、笛美さんとの出会いについて書かれています。

歌手デビューより前、仙台のディスコやクラブなどに出演していた頃に、稲垣さんの才能に惚れ込んでいたのが笛美さんだったということです。


そして一流の歌手になってからも、約30年間という長い時間、妻として共に歩まれました。

さらに、笛美さんは「紫夢(しむ)」というペンネームで稲垣さんの曲の作詞も手がけられています。

2002年に書いた「eternity」という曲が最後の紫夢さんの作詞作品になっています。

作曲はもちろん稲垣潤一さんです。

それから4年後の2006年に笛美さんは亡くなられました。

稲垣さんはプライベートなことをほとんど語らないので、笛美さんとの死別も公表されていませんでした。

その事が世間に知られたのは、3年後の2009年に再婚した際でした。

再婚も稲垣さんが発信したわけではなく、週刊誌にすっぱ抜かれた形で、同時に笛美さんとの死別が明らかになった、ということです。

稲垣さんのファンの中には、笛美さんが亡くなっていた事にショックを受ける方もいました。

死因についても稲垣さんからは何も公表されていません。

ファンの方の話では、笛美さんは病弱だったとのことで、ご病気で亡くなられたのではと言われています。

ちなみに笛美さんとの間にお子さんがいたかどうかも公表されていないため、不明です。

現在の妻は10歳年下の一般女性

笛美さんとの死別から3年後の2009年に稲垣さんは再婚されました。

それが2022年現在の奥様です。

わかっていることは、稲垣さんよりも10歳年下で、フリーで仕事をしている一般人という事だけです。

結婚式に関しては、身内を集めてパーティーを行い、挙式も済ませている、と報じられています。

お子様に関しては、やはり公表されておらず不明です。

再婚当時、稲垣さんは55歳でした。

前の奥様を亡くされた悲しみを乗り越え、そのお歳で新しい恋を始められたのは素晴らしい事ではないでしょうか。

自宅について

稲垣さんはどこに住んでおられるのでしょうか。

プライベートについてはほぼ語らない稲垣さんなので、当然ご自宅の場所など言うはずもありません。

ですが、自身のTwitterアカウントに「近くにある公園でマンションの建設工事が始まってしまった」とツイートしています。

その返信にファンの方が「稲垣さんの家から富士山が観られなくなる事はありませんよね?」という書き込みをされています。

ファンの間では稲垣さんのご自宅から富士山が見える、というのは有名な情報なのでしょうか。

公園の工事について稲垣さんは、「樹々の四季折々を楽しんでいたのになー」と残念がってらっしゃいました。

全盛期の年収はどれぐらい?

稲垣さんはデビュー以来常に第一線で活躍されているイメージですが、やはり全盛期と言えば「クリスマスキャロルの頃には」が発売された1992年ではないでしょうか。

「クリスマスキャロルの頃には」はおよそ170万枚売り上げた、とされています。

作詞は秋元康、作曲は三井誠さんのため、稲垣さんに入ってくるのは歌唱印税だけになります。

歌唱印税は多くの場合1~3%です。


シングル1,000円で、稲垣さんの場合ソロ歌手ですので歌唱印税が3%だと仮定して計算してみても、5,000万円以上になります。

当然この曲だけはありませんし、作曲を担当していらっしゃる曲も多数あります。

作曲をしているとその分の印税もあります。

ライブのチケット代、グッズの売り上げ、すべてをざっと予想しても年収3億円は下らなかったのではないでしょうか。

若い頃から続けてる「叩き語り」のスタイル

2022年、稲垣さんはデビュー40周年を迎えられました。

デビュー当時から話題になっていたドラムを叩きながら歌うスタイルは今だに続けています。


そんな稲垣さんは中学3年生からすでに「叩き語り」をしていたそうです。

2022年のインタビューで、「ドラムを叩いて歌うのは大変だけど、フィジカルを鍛えてこれからも歌えるようにしていきたい」と語っておられます。

いつまでも唯一無二のスタイルを貫いてほしいですね。

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