稲垣潤一の妻&結婚について。一宮市出身の女性と再婚し楽器を寄付。前妻が残した曲とは

歌声を聞けばすぐわかるシルキーボイスの持ち主、稲垣潤一(いながきじゅんいち)さん。

80年代にドラムの叩き語りで注目され、40周年を超えて今も現役で活躍されています。

今回は稲垣さんの2人の妻について、結婚や再婚についてお伝えしていきます。

稲垣潤一のプロフィール

本名:稲垣潤一(いながきじゅんいち)

生年月日:1953年(昭和28年)7月9日

身長:173cm

出身地:宮城県仙台市

最終学歴:宮城県工業高等学校卒業

所属事務所:オー・エンタープライズ株式会社

稲垣潤一の妻や結婚について。一宮市出身の女性と再婚

稲垣さんの妻となった方は2人いて、結婚は2度しています。

現在の妻は一宮市出身の一般女性。

前妻は売れない仙台時代から支えてくれた女性です。

どのような経緯があったのでしょう。

一宮市の女性と再婚

元々プライベートを語ることはほとんどない稲垣さん。

再婚したとわかったのは、2009年4月に報道されたためです。


更に報道には衝撃の事実が加えられていました。

前妻とは2006年に死別。

再婚相手とは前妻が亡くなってから知り合い、稲垣さんが55歳の時に結婚しています。

10歳年下で初婚、愛知県一宮市出身の一般女性だということです。

2人は2008年10月に挙式、2009年3月には親族や親しい人とパーティーを開いています。

2009年11月に上映された映画「僕らのワンダフルデイズ」にはドラマー役で出演。

舞台あいさつの時は星田監督に「稲垣さん撮影中に再婚したんです」と話をふられ、稲垣さんは「幸せです!」と回答。

珍しいオノロケですが、明るい雰囲気を壊さないように配慮されたのでしょう。

再婚相手はうれしかったに違いありませんね。

前妻は糟糠の妻

稲垣さんが前妻と結婚したのは売れる前のことで、地元仙台にいた若い頃。

結婚した年などは明らかにされていませんが、結婚生活は30年以上だったと言われています。


前妻の名前は稲垣笛美さん。

8歳年上の姉さん女房で、小柄で和服が似合い、そして病弱な方だったそうです。

死因は明らかにされていませんが、病死だったといわれています。

2人の子供は、いるいない両方の意見があり、本当のことはわかっていないようです。

稲垣さんは1982年1月、28歳の時に「雨のリグレット」でデビュー。

それまでは主に仙台のライブハウスやクラブでバンド活動をしていました。

売れない10年もの下積み時代を支えたのが前妻の笛美さん。

プロのシンガーとして第一線で活躍してからも、献身的な支えがあったといいます。

最愛の奥さんを亡くし、どんなに辛く悲しかったことでしょう。

稲垣さんは死別したことを語ることなく、仕事に勢力的に取り組んでいました。

何かをしていなければ悲しみに耐えられなかったのかもしれません。


しかし昔の歌を聴くと、当時を思い出し懐かしく思うものですよね。

きっと稲垣さんは前妻のことを忘れないでしょう。

それを承知の上で、現在の妻は結婚したのかもしれませんね。

2人でしか叶わない、幸せな家庭を築いていくことでしょう。

稲垣潤一は妻の出身地一宮市の施設に楽器を寄付

宮城県仙台市出身の稲垣さんは2011年の東日本大震災後に基金を立ち上げ、社会活動を積極的に行っています。

東北の中学校などに楽器を提供し、子供たちと交流を図っていました。

震災から10年が経ち、活動を全国に広げようと、2021年に第一弾として選んだ場所は、妻の出身地である愛知県一宮市。

一宮市のNPO法人・響愛学園に楽器を寄贈しました。

この学園では障害のある子供たちに音楽や美術の教育をしています。

教育のことや楽器を募っていることを稲垣さんは妻から聞き、寄付することを決めました。


妻は愛知県内の障害者施設でボランティア経験があったといいます。

自分達の事だけを考えるのではなく、社会貢献にも力を注いでいる素敵なご夫婦です。

稲垣さんは子供たちの演奏に「魂が震えた」と語っています。

プロの演奏家が1人でも出てくれたらうれしいことだとも。

楽器と子供たちに力を与え、逆にパワーを貰っているのかもしれませんね。

稲垣潤一の死別した前妻が残した物

前妻は「紫夢(しむ)」という名前で、稲垣さんの楽曲の作詞に携わっていました。

公私ともに2人は大切なパートナーでもあり、前妻は曲をこの世に残しています。

ファンの方はこのことを知っていましたので、稲垣さんが再婚したことより、前妻が亡くなっていたことにショックを受けたようです。

紫夢さんが作詞した楽曲は12曲だといいます。


1997年11月にリリースされた、稲垣さん17枚目のオリジナルアルバム「V.O.S」では4曲の作詞を共作。

2002年11月リリースの20枚目のアルバム『稲垣潤一』の「eternity」という曲は、前妻1人で作詞しています。

eternityとは直訳すると永遠(とわに)という意味で、儚げで切ない歌詞です。

くしくもeternityが最後に作詞した曲となってしまいました。

前妻が残した楽曲は稲垣さんはもとより、ファンの方の心にいつまでも響いていくことでしょう。

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