篠原ともえはお嬢様?実家は寿司屋。家族は両親と兄&出身地は青梅市

1990年代に、個性的なファッションと高いテンションから「シノラー」という流行を作り出した篠原ともえさん。

2022年現在では、着物のデザインを行うなど、ファッションデザイナーとして活躍しています。

そんな彼女は、実はお嬢様であるという噂もありますが、本当なのでしょうか。

実家は寿司屋で、家族とともに青梅市で育ったそうです。

色々と気になりますので、篠原さんの実家や家族を中心に掘り下げていきましょう。

篠原ともえのプロフィール

本名:篠原 ともえ (しのはら ともえ)

生年月日:1979年(昭和54年)3月29日

身長:152cm

出身地:東京都青梅市

最終学歴:文化女子大学短期大学部

所属事務所:株式会社STUDEO

篠原ともえはお嬢様になった?

篠原さんの事を調べていると「お嬢様」というワードが目に付きました。

お金持ちの家庭で育ったということでしょうか。

気になったので調べてみると、子供の頃にはバレエを習っていたようです。

篠原ともえが子ども時代の可愛いバレリーナ姿をInstagramで公開した。

レッスン料の相場を調べてみると、小学生だと月謝は1万円~2万円ほどかかるようですので、それなりに裕福な家庭であったことは間違い無さそうです。


母方の曾祖母は、伊豆諸島青ヶ島における最高巫女といわれていた廣江のぶゑ(ひろえ のぶえ)さんという方だそうで、血筋も確かなものなのでしょう。

女性マルチタレント篠原ともえさんの曾祖母の、かつて青ヶ島の最高巫女といわれた廣江のぶゑさん(一九〇二~二〇〇一)は三度目のカミソウゼで合格したという。

しかし、例えば多くの土地を持っているだとか、豪邸に住んでいたといった典型的なお金持ちエピソードは見つかりませんでした。

確かに、どことなく立ち振舞や整った顔立ちには気品がありますが、このままでは彼女のことをお嬢様と断定することができません。

それなりのお嬢様、といった中途半端な結論では皆さんに納得いただけないでしょう。

なので、より深く調べていきます。

篠原ともえがお嬢様と呼ばれる転機はイメチェンにあった?

篠原さんのことを調べていると、ある時期を境にお嬢様と言われるようになっていたことが分かりました。

それは2010年代前半のこと。

この時期は「シノラー」ブームは過去のものとなり、彼女自身も30歳を超え、キャラクターを変化させていた時期でした。

昔はテンション高く甲高い声でまくし立てるような喋り方だったのですが、落ち着いた喋り方をするようになっていたのです。

篠原さん自身は意識してイメチェンしたのではなく、自然に年齢に合わせて落ち着いていったと語っています。

“イメチェン”と評されるほど、当時とは異なる落ち着いた大人の装いで芸能以外の分野でも精力的に活動する篠原ともえ氏に今だから話せる本音を聞いた。

もちろん多くの人は、10代20代の頃と同じテンションでずっと生きていくことは難しいです。

芸能人ともなると、よりその傾向が強くなる部分もあるのでしょう。


しかし、彼女の場合は打算というよりも、元々持っていた育ちの良さが表に出てくる形だったのではないでしょうか。

ハイテンションで個性的なファッションもいいですが、落ち着いたファッションでしっとりしている姿も間違いなく素晴らしいものです。

皆さんは、どちらの篠原さんがお好きでしょうか。

篠原ともえの実家は寿司屋だった

篠原さんの父親は、寿司職人として寿司屋を営んでいたそうです。

店の名前は「孝寿司」といって、ファンには馴染みのスポットだったようですね。

しかし、残念ながら2013年時点で既に閉店してしまったようです。

彼女のファンにとっては、ある意味では聖地であったでしょうから、閉店を嘆いている方もいるのではないでしょうか。

私も一度は食べに行きたかったです。

篠原ともえの家族は両親と兄が二人で青梅市に住んでいた

篠原さんの家族は、寿司職人である父親と裁縫が得意な母親、父の後を追い寿司職人となったという噂がある兄ともう一人別の兄がいるそうです。

彼女は現在ファッションデザイナーとして活躍していますが、その原点は母にあったようです。

今や世界的デザイナーとしても認められるようになった篠原だが、その起点は母親にあった。

篠原さんが10歳の時に母親に手作りのプレゼントを渡したのですが、それをとても喜んで受け取ってくれたそうです。

子どもの頃にこういった体験があると、記憶に深く刻まれますよね。


その結果、世界に評価されるファッションデザイナーが生まれたのですから、この出来事は彼女の人生に相当大きな影響を与えたのでしょう。

ちなみに、篠原さんの実家は青梅市にあったそうです。

彼女は市の親善大使を務めているようで、様々な活動を行っているようですね。

塗り絵イラストのデザインは篠原さんが、市の公式キャラクター「ゆめうめちゃん」を元に制作したオリジナルイラストで、今回のため描き下ろしたもの。

市の花であるウメの花がついたバトンを持ち、着物には多摩川、ウグイス、花火など市の名物が描かれた公式キャラは、同市出身で市親善大使のタレント、篠原ともえさんがデザインした。

やはり、幼少期を過ごした地元への思い入れは強いのですね。

若い頃は、独自のファッションと高いテンションでカリスマ的な人気を誇っていた篠原さん。

元々育ちは良いようで、今ではお嬢様といった雰囲気にイメチェンしています。

実家の寿司屋が閉店してしまっていたことは残念でしたが、家族や地元である青梅市との関係は良いようですね。

2022年現在はデザイナーとしての活躍のほうが目に付きますが、落ち着いた彼女の姿も非常に綺麗なので、もっとテレビで見かける機会が増えて欲しいですよね。


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