2022年7月8日、安倍晋三元首相が旧統一教会の信者を母親に持つ若者に暗殺されました。
それ以降注目されているのが、タレントやコメンテーターとして活躍されている飯星景子(いいぼしけいこ)さん。
1990年代前半、旧統一教会はワイドショーの連日賑わせました。
飯星景子さんは、その時話題の中心にいた芸能人のひとりなのです。
今回は飯星さんの夫がどんな人なのか、飯星さんの半生を語るうえで欠かすことができない父親とのエピソード。
そして、今病気なのではないかという噂について調査しました。
飯星景子のプロフィール
本名:飯干恵子
生年月日:1963年(昭和38年)2月23日
身長:164cm
出身地:大阪府高槻市出身
最終学歴:桐朋学園短期大学卒業
所属事務所:株式会社ホリプロ
飯星景子の夫とは1年で離婚、現在も結婚せず
飯星景子さんは、1998年にシステムエンジニアの男性と結婚しています。
旧統一教会に入信していたの1992年でした。
入信中に出会った男性ではないですね。
しかし、翌年の1999年にわずか1年で離婚してしまいます。
飯星さんは、プロ野球の阪神タイガースの大ファン。
付き合う彼氏には試合の日程をすべて把握させ、試合日にデートに誘うことはNGという徹底ぶり。
応援につぎ込んだお金は総額2000万円だとか。
飯星さんの熱中ぶりについていけなくなったという説が有力視されています。
他にも歌舞伎、オペラ、ミュージカル鑑賞なども趣味としていて、感受性の豊かな人であろうことがうかがえます。
ただ、ビックリするぐらい多趣味な飯星さんと同じテンションを保つことは非常に難しそうですよね。
その後、現在まで飯星さんが再婚はされていません。
飯星景子がワイドショーで賑わせたわけ
1990年代前半、壺や印鑑を高額で売りつける霊感商法や、信者に多額の献金を求めるシステムなどで、トラブルの絶えない宗教団体でした。
にも拘わらず、何人かの芸能人が入信していることが明らかになったのです。
加えて、教団関係者が決めた面識のない相手と結婚する合同結婚式への参加を表明する人も現れました。
この合同結婚式は、一般的な感覚ではとても受け入れられないものとして、大きな話題となります。
飯星景子さんは、この時期に旧統一教会に入信していた芸能人の1人です。
1992年春頃から、急速に旧統一教会の教えにのめり込んでいった飯星さん。
幸運にも半年あまりで脱退することができたので、そこに至るプロセスを話されることが多かったようです。
若い頃に旧統一教会に入るも父親の説得で脱退。病気の噂に証拠なし
ワイドショーを騒がせる以前にタレントとして活躍していた飯星景子さんの映像がこちらです。
大好きな映画俳優について興奮気味に話す飯星さん。
この番組でキャスターを担当した3年間で、150本の映画を紹介しました。
語り口にぎこちなさは残るものの生き生きしていますね。
後に、宗教にまつわるトラブルに巻き込まれるトラブルに巻き込まれるとは誰が予想したでしょうか。
ここからは、飯星さんが統一教会にのめり込んでいく過程をじっくりと書いていきます。
1992年3月知人からの依頼で、統一教会のダミー団体アジア平和女性連合のパーティーの司会を司会を務める
飯星景子さんは、おもにボランティアをしているという団体のパーティーの司会をすることになります。
ボランティアをしている団体のパーティーとしてはずいぶん華やかな催しだなと感じたそうです。
そのパーティーが終わった後、飯星さんは司会を依頼してきた知人からある勉強会への誘いを受けました。
その知人は、飯星さんがとても信頼していたネイリスト。
勉強会と聞いただけで何か怪しいとわかりそうな気もしますが、大好きな友人からの誘いだったので前向きな気持ちになります。
教団幹部の自宅で旧統一教会の概論を記録した映像を見る
友人と教団幹部に補足説明を受けながら、統一教会の概論を記録した映像を見ることになった飯星さん。
概論というと堅苦しいイメージがありますが、その場はとてもなごやかな雰囲気でした。
内容は、キリスト教を厳格にしたようなイメージだったそうです。
教団信者との交流が始まり、その連帯感に魅力を感じる
教団の概論を記録した映像は、合わせて13巻にも及ぶ長いものでした。
好奇心の強い飯星さんは、すべてを見てから良し悪しを判断しようと思ったとのこと
やがて、講習会等にも参加するようになった飯星さんは、その連帯感に魅力を感じます。
信者たちの合言葉のようになっていたのは、「神さま」という言葉。
飯星さんはそれを自らも共有したいと思うようになります。
教団に都合の悪いことをシャットアウトするようになる
その頃には、霊感商法などの報道も盛んになっていましたが、意識的にテレビ等を見ないようにしていたといいます。
変化に気づいた父親に問いただされた飯星さんは、所属事務所の契約を打ち切って失踪してしまうのでした。
父親の決死の説得で旧統一教会を脱退
飯星景子さんの父親は作家の飯干晃一さん。
元新聞記者としての取材力でヤクザの内部抗争を描いた「仁義なき戦い」の著者として知られていました。
事件当時、晃一さんは記者会見を開き、旧統一教会に対して宣戦布告します。
その決意がこの言葉にあらわれています。
私は残りの半生をかけても統一教会と闘います。景子が戻ってきても闘い続ける。
この記者会見を受け、飯星さんは帰国。
旧統一教会を脱退した元信者から話を聞いたこと、何よりも晃一さんの14日間かけての必死の説得があり脱会の意思を固めます。
また、2023年現在、飯星景子さんが病気だという噂はまったく信ぴょう性がない噂です。
飯星さんにしか伝えられない経験があると思われるので、まだまだ自身の言葉を孤独な人々に届けていただきたいですね。
悲劇を繰り返さないために
90年代と2023年現在の報道の仕方に大きな違いがあると思われます。
後者は、政治家を叩く材料として使われていないでしょうか。
政治家の問題となると饒舌になるのに、教団内部の話題や90年代の騒動のこととなると歯切れが悪くなるのはなぜでしょう。
旧統一教会の悪質な事件の発生を防ぐために、過去の報道をもう一度見直してみませんか。
2023年現在40歳以上の大人なら、当時のことを全く知らないという人はいないはずです。
1992年の一年間で、旧統一教会に関する話題をワイドショーは75時間以上も放送したのですから。
自分とは関わりのないことと思わないことの難しさ
一見心地よい人間関係を作って、客観的な視点を奪っていく旧統一教会のやり方は誰もが飲み込まれてしまう可能性があります。
当時の飯星景子さんに関わった人々のほとんどが、善意から教団に誘ったことが分かっています。
踏み込むべき時に、多少過激な方法で情報をの裏取りを行ったからこそ、飯星景子さんは人生を取り戻せました。
2023年現在の情報番組の表舞台に立つ人々は、俳優やお笑いなど他に生業とするものを抱えています。
その影響力の大きさから、踏み込んだ発言をするのは酷というものでしょう。
もう一度テレビ番組の作り方を根本から見直す時期にきているのではないかと思われます。
そして、情報番組のマイクの前こそ自分の戦場だといえる人材に番組を託してほしいのです。
報道に特例を
コンプライアンスという言葉が一般的なものとなってずいぶん経ちました。
それはとても大切です。
しかし、社会で一定のラインを越えた深刻な問題が起こった時、報道の分野に例外を設ける必要はないでしょうか。
旧統一教会に関わった人間は悪だと排除するだけでは、旧統一教会がまた悪い意味で注目されるのを防ぐことにはなりません。
高みの見物をしている人間が何を言っても世の中の空気は動かないのです。
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