ケンタロウ、嫁・大谷マキと結婚し介護で生活。母親・小林カツ代との関係&子供や家族まとめ

手軽でスタミナ満点の料理が人気の料理研究家・ケンタロウさん。

『男子ごはん』で一躍有名になり、国分太一さんとのトークも愛されていました。

今回はケンタロウさんの結婚後の事故や嫁・大谷マキさんの介護、母親の小林カツヨさんや家族についてお伝えしていきます。

ケンタロウのプロフィール

本名:小林健太郎

生年月日:1972年(昭和47年)10月3日

出身地:東京都

最終学歴:武蔵野美術短期大学卒業

所属事務所:Rumble Cats

ケンタロウ、結婚後の事故で嫁・大谷マキが献身介護中

ケンタロウさんは介護を通して、嫁の大谷マキさんへ全信頼を寄せているようです。

ここで、ケンタロウさんの事故や大谷マキさんの介護について見ていきましょう。

結婚後の大事故

ケンタロウさんはバイク事故で大怪我を負ってリハビリ介護中です。


2012年2月4日、東京都新宿区の首都高速4号の下りで、カーブを曲がりきれずに道路の壁に衝突。

その跳ね返りで6メートル下の道路地上面に転落してしまったのです。

怪我は頭部骨折の重症で、高次脳機能障害を負ってしまいます。

一命はとりとめたものの、以降両手足は麻痺し、言語障害と記憶障害も患ってしまいます。

2人は10年間の交際を経て2010年に結婚しているので、大事故は結婚してわずか2年の頃でした。

人気番組であった『男子ごはん』は復帰を待つ姿勢で代理シェフを起用していましたが、治療を優先したいというケンタロウさん側の意向により降板。

2023年現在もケンタロウさんは要介護でリハビリを続けています。

結婚2年での大事故はショックが大きかったことでしょう。

しかし2人にとって、お互いの愛を改めて確認する機会となったかもしれません。

ケンタロウさんは4日午後11時40分ごろ、首都高速4号線の下りの外苑出口につながる側道で、左カーブを曲がりきれず、右側の側壁に衝突。その弾みで投げ出され、約6メートル下の道路上に転落したとみられる。「人が倒れている」と通行人から110番通報があり、駆け付けた警察官がケンタロウさんと確認。都内の病院に救急搬送した。

嫁の大谷マキが献身介護中

ケンタロウさんは事故後、重い後遺症が残りほとんど寝たきり状態になりました。

以来、嫁の大谷マキさんが自宅にて献身的な介護を続けています。

公園や自宅近所でマキさんが車椅子を押して歩くのが度々目撃されており、ケンタロウさんのそばにはいつもマキさんが付き添います。

ケンタロウさんは事故前よりややふくよかになっており、散歩中マキさんが進行方向を指すと散歩中マキさんが進行方向を指すと笑顔で応える場面も。


さらに片言ではありますが簡単な会話ができるなど、少しずつ回復を見せています。

とはいえ、事故後食事はチューブをさして鼻から入れたり、動くことはおろか感情表現も出来ないほどだったとか。

介護負担が大きいため、病院からは介護施設に入ることを勧められました。

しかし、マキさんは高齢者が多い施設に若者が1人ぽつんといるのは可哀想だと思い、自宅でのリハビリを申し出ます。

それからは神奈川県葉山の一軒家から病院の近くに移住し、マキさん自ら電動椅子や介護ベットを選んで用意したとのことです。

結婚したからには嫁として家族に尽くすという愛情と覚悟が伺われますね。

リハビリは1日8時間することもあり、2人でハードなトレーニングを重ねています。

しかし、リハビリをどれだけ頑張っても以前の生活に近づけるかは誰もわかりません。

それでも頑張れるのは、ケンタロウさんに少しでも幸せな人生を送ってほしいと願っているからでしょう。

マキさんの職業はフードスタイリストで、これまで『ちくちくトントンマキちゃんの家』や『布じまん』の2冊の出版実績もあります。

フードスタイリストとは料理が魅力的に見えるように食器やクロス、小物やインテリアをコーディネートするプロ。

テーブルコーディネーターとも言われCMや雑誌、番組演出が活躍の場です。

そのためマキさんは結婚以前も、レシピ本やテレビを通じてケンタロウさんとの接点が多かったと思われます。

身体や声が上手に使えなくても、価値観が合う2人は料理を通してコミュニケーションをとっているのではないでしょうか。


介護から1年たつと身体は手足が動くまで回復しており、マキさんの頭をなでてくれるようになったといいます。

フードスタイリストのマキさんは、自宅での生活を快適な空間にしながら、ケンタロウさんと過ごす時間を大切にしているものと思われます。

ケンタロウの母親は小林カツ代

ケンタロウさんは母親も料理家でした。

小林カツ代さんといい料理家兼、エッセイストとして活躍。

主婦から転じて有名になったので日本のお母さんと呼ばれており、カツ代さんのレシピ本は亡くなってからも売れ続けています。

カツ代さんが残したレシピ専用サイトには6000品もの料理が掲載されており、「私が死んでもレシピは残る」という言葉は有名です。

そして美術大学を卒業してイラストレーターをしていたケンタロウさんに、料理の知識を仕込んだのはカツ代さんなのです。

カツ代さんは食品を扱う卸問屋に生まれました。

両親に喫茶店や大衆食堂に連れられ、幼い頃から舌が肥えていたそう。

ところが企業の研究員である夫と結婚し、主婦になったものの料理は全く出来ませんでした。

カツ代さんは舌が肥えているだけに悔しく思い、猛特訓を重ねて上達していきます。

そして昼のテレビに「主婦が料理する番組を作ったら」と意見投稿をしたことをきっかけに、オファーをもらい番組に出演することに。

そこでの軽快なトークと料理が評判で、あっという間に有名になったのが料理家人生の始まりでした。


しかし夫が愛人と再婚を決意したので2003年に離婚してしまいます。

以降も仕事を続けたカツ代さんでしたが、多忙がたたってか2005年、くも膜下出血で倒れてしまいます。

そして2014年、施設での療養中に他界。

認知症を患っていたため、ケンタロウさんの事故のことは知らなかったそうです。

とはいえ、カツ代さんのレシピと料理の才能はケンタロウさんに受け継がれており、2023年現在でも生き続けています。

ケンタロウの子供や家族

2012の大事故により、周囲からのサポートが必須なケンタロウさん。

ここで、ケンタロウさんの子供や家族について見ていきましょう。

子供はいない

ケンタロウさんに子供はいません。

結婚した2010年はすでに38歳で、嫁のマキさんも同程度の年齢のため妊娠は難しかったと思われます。

ケンタロウさんは事故前は母親のカツ代さんの介護を受け持っていたので、多忙のあまり結婚を躊躇していたのかもしれません。

とはいえケンタロウさんも事故で要介護状態となってしまった以上、もし子供がいたら大変な状況になっていたでしょう。

家族に姉がいる

ケンタロウさんの家族には、研究員の父と料理家の小林カツ代さん、嫁の大谷マキさんの他に姉が1人います。


事故後、カツ代さんの介護はケンタロウさんから変わって姉が受け持ち、母娘ともに暮らしていたそうです。

姉には小さな子供もいたため、育児と介護の両立はとても大変だったと考えられます。

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