山口舞、現在中国学園大学に勤務。引退の理由。妹が原動力&学歴は高卒

ロンドンオリンピックで28年ぶりのメダル獲得に貢献した元バレーボール選手の山口舞(やまぐちまい)さん。

複数ポジションをこなせる器用さを持ち、国際大会では他国のチームから忍者と呼ばれることもありました。

変幻自在なプレーでファンを魅了した山口さんは、2019年に引退されています。

そこで今回は、山口さんの2023年現在の状況や、引退理由、頑張りの原動力となった妹さんの話などをお伝えしていきます。

山口舞のプロフィール

愛称:ユメ、パール

本名:山口舞

生年月日:1983年(昭和58年)7月3日

身長:176cm

出身地:三重県志摩郡志摩町(現:志摩市)

最終学歴:大阪国際滝井高等学校卒業

所属チーム:岡山シーガルズ(~2019)

現在は、中国学園大学でバレーボール部コーチなどを務める

山口さんは、現役引退後から、中国学園大学でバレーボール部のコーチなどをされています。

17年在籍した岡山シーガルズの公式サイトでも発表されていました。

2019年7月に中国学園大学・中国短期大学入試広報部(学校法人中国学園)に着任後、同学バレーボール部にてコーチを行っています。

中国学園大学のバレーボール部は、山口さんが所属していた岡山シーガルズでコーチ経験のある溝田知茂さんが監督を務めているという繋がりのある場所です。


創部後、着々と力をつけていく中、山口さんがコーチに加わったことでさらに強豪といわれるチームに向け成長を続けています。

山口さんは、大学の広報部に籍を置かれており、バレーボール部のコーチ以外の仕事もされています。

現役時代に所属していた岡山シーガルズは、Vリーグで数少ない市民クラブチームです。

山口さんは、現役時代も営業で企業を回ったり、職員と事務作業をしたりすることがあったそうです。

そのため、広報部での仕事にも順応されていると思われます。

広報部では、入試広報部に配属されているとのことです。

入試が付くということは、高校生とも関わると思われ、次世代を担う選手候補をスカウトすることなどもあるのでしょうか。

今後、山口さんが指導した選手が全日本で活躍される日が来るかもしれませんね。

惜しまれながらの引退。その理由は、やりきったから

山口さんは2019年4月に、同年5月に開催される『第68回黒鷲旗全日本男女選抜バレーボール大会』を最後に、現役を引退すると発表されました。

引退会見には、高校時代から師事してきた河本昭義監督も同席されていました。

数年前から引退を意識していたという山口さん。

引退を意識してからの数年間は、毎年最後の年と思って戦ってきたといいます。


その中で、リーグ戦後に、やり残したことがあると思うと現役を続けてきていたそうです。

2018-2019のシーズン後は「今シーズンに限っては、本当にやり切ったという思いが強かった」ことが引退の決め手だったということです。

監督は、一度休み、リフレッシュして競技に復活することも提案したそうですが、数年前から痛めていた左膝のこともあり、山口さんの引退の決意は変わらなかったようです。

会見で、引退後のことを聞かれた山口さんは「岡山で少しでもみなさんの役に立てる仕事」をしたいと言われていました。

実際に、岡山にある学校法人中国大学でバレーボール部の指導にあたるなど、現役時代に支えてくれた岡山へ恩返しをされています。

山口さんの引退に際し、一緒に日本代表で戦ってきた狩野舞子さんや木村沙織さんが労をねぎらっていらっしゃいました。

山口さんの過去の失敗エピソードを交えた狩野さんの投稿に、ほっこりします。

ファンのみならず、同僚選手たちからも慕われていたのがわかりますね。

頑張りの原動力となったのは、妹の存在

山口さんには試合を見てほしい人がいました。

それは、妹さんです。

三人姉妹の長女である山口さんには、障害を抱えた妹さんがいらっしゃいます。

山口さんは、小学校4年からバレーボールをはじめ、中学生のときに多くの高校からのスカウトを受けました。


その中で、全国で優勝できるチームとして大阪国際滝井高等学校に進学されました。

実家を離れての寮生活。

寂しくなってしまったのは、妹さんではなく、山口さんの方だったようです。

試合の応援には、妹にも来てほしいとご両親にお願したなんて話がありました。

高校進学まで妹さんと暮らしていた山口さんは、将来福祉の仕事に就こうと考えていたそうです。

障害を持って育った妹をずっと診ていたので、社会に出たら福祉の仕事に就きたいとは思っていました

しかし、山口さんの才能を高く評価していたバレーボール部の河本監督からシーガルズ(現:岡山シーガルズ)への入団を勧められプロの道を歩むことを決められたようです。

姉の活躍を喜んでいた妹さんも応援してくれたとのこと。

この決断が全日本での活躍にまでつながるのですから、すごい転機となる話ですよね。

引退後、山口さんがお勤めされている中国学園の短期大学には、介護福祉士を目指せる生活福祉コースがあります。

岡山シーガルズとの関りに加えて、福祉に関係していたことが引退後の進路に影響していたかもしれませんね。

恩師との出会いは、最終学歴となった高校で

山口さんのご活躍を語るうえで外せないのが、恩師である河本昭義さんとの出会いではないでしょうか。

数あるスカウトの中から山口さんが進学先に選んだ大阪国際滝井高等学校バレーボール部の総監督が河本さんでした。


バレーボールを続けるのでなければ、福祉の道に進む予定であった山口さんをプロチームに導いたのも河本さんです。

河本さんは、当時富山県黒部市を本拠地としていたシーガルズの監督も務められていました。

ご自身が監督するチームにぜひ欲しいと思われたのですから、山口さんの伸び代を見抜いていたことになります。

そして、2001年11月から本拠地を河本さんの出身地である岡山市に移動し、チーム名を岡山シーガルズと変えたチームに2002年から山口さんが加わられました。

岡山で河本監督のもと、さらに鍛えられ、山口さんは日本代表にまで選ばれるようになりました。

山口さんは、176cmとバレーボール選手としては身長の低い方です。

しかし、全日本の高身長選手ひしめくミドルブロッカーのポジションを務められるだけの能力を見抜いていたのでしょうか。

全日本女子チームの監督も務められた真鍋政義さんによると、河本さんは「女性のマネジメントの神」だそうです。

高校3年間、岡山シーガルズでの17年間と、20年も河本さんの指導を受けた山口さん。


河本さんのマネジメント力に十分影響を受けたお一人ではないでしょうか。

今後は河本さんから学んだ指導力で、次世代選手の育成にも、さらに力を注いでいただきたいですね。

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