陣内孝則の白髪は地毛。メガネやサングラスの理由。若い頃の経歴まとめ&イケメンで人気

1980年代にトレンディドラマで大ブレイクした俳優でタレントの陣内孝則(じんないたかのり)さん。

黒髪が定番だったのに突如白髪になり話題を集めています。

バラエティ番組に出演するときにメガネやサングラスをかけているのはどうしてでしょうか。

若い頃はバンドのボーカルでイケメンだったことなどについてお伝えしていきます。

陣内孝則のプロフィール

本名:陣内孝則

生年月日:1958年8月12日

出身地:福岡県大川市

身長:176cm

最終学歴:西南学院高等学校卒業

所属事務所:ジェイ・オフィス

陣内孝則の白髪は地毛だった

1980年代から俳優やタレントとして人気を博してきた陣内孝則さん。

トレンディドラマにも数々出演していて、その時代を牽引していた1人でもありました。

そんなトレンディな陣内さんですが、最近では白髪頭が話題になるほど真っ白なヘアーにイメージチェンジをしています。


いきなりのイメージチェンジに驚いた方も多いのではないでしょうか。

SNSでも陣内さんの白髪が話題になっています。

白髪は本物なのかについて気になっている方もいるようですね。

陣内さんは2023年現在65歳です。

白髪があって当たり前の年齢になっています。

しかし今までの黒髪のイメージがあまりにも強かったので、今の白髪ヘアーはあまりにも不自然ですよね。

もしかするとブリーチをしているのではないかとも考えられます。

実は、陣内さんは以前白髪染めのコマーシャルに出演をしていました。

わりと長い期間の出演でしたので記憶に残っている方もいるのではないでしょうか。

メンズビゲンのヘアカラーのCMです。

2004年から2010年まで出演していたということで、陣内さんが46歳から52歳の頃ということになります。

一般的にみて40代くらいから白髪に悩む方も多いのでCMキャラクターとしてピッタリの年齢のときに起用されていたようです。


その期間はCMキャラクターのイメージを壊さぬよう髪色は白髪以外にしておく必要はありますね。

実際に陣内さんはCM契約が切れた後も突然白髪頭にしてしまっては契約してくれていたスポンサーに申し訳がないと5年ぐらいは白髪を染めて生活をしていたそうです。

義理堅い人柄の伝わるエピソードですね。

陣内さんの話から陣内さんが徐々に白髪をオープンにしていったのは、50代後半くらいからだったことがわかります。

先輩の俳優からは白髪にするのは早すぎるのではないかと指摘もされたようですが、陣内さんは美容室に2週間に1回染めに行くのも面倒になり自然な姿を世間に見せるようになっていったようです。

以前は、髪は黒々としていたが、いつシルバーヘアにしたのか。「4、5年はたつんじゃないですかね。以前は、白髪染めのコマーシャルをやっていましたから。長年やらせてもらいましたし、契約が切れて、いきなり白くしたら、失礼じゃないかなと思って、5年ぐらい我慢していたんですよ。白髪染めは助かったんですけど、2週間に1回、美容室に行かないといけないのが面倒くさくなっちゃって……」。

ということで、陣内さんの白髪ヘアーは自然な色で以前は黒く染めていたことがわかりました。

インスタグラムの写真からもわかるように、全くのシルバーヘアーというわけではなく、ところどころ黒髪も混ざっていますね。

陣内孝則がメガネ&サングラスをかける理由

芸能界の中でもこだわりのあるお洒落をすると評判の陣内孝則さん。

ドラマ出演をされているときは衣装などが決まっているのであまり気になりませんが、バラエティ番組に出演されているときの陣内さんはとても個性的で素敵ですよね。

メガネやサングラスをファッションに取り入れて、ドラマのときとは全く違った印象を作り出す技にお洒落上級者であることを感じます。

そして、陣内さんがバラエティ番組に出演するとSNSでそれが話題に上がります。

似合う、似合わないなど様々な声が聞かれますが、かなり注目を集める話題であることは確かです。


では、陣内さんはなぜドラマとは全くイメージを変えてメガネやサングラスをかけてバラエティ番組に出演するのでしょうか。

以前に受けたインタビューでその謎について答えていました。

陣内さんがバラエティ番組出演のときにメガネをかけている理由は自身がシャイだから。

仕事をしているときは明るい性格のように振舞っていますが、自宅では大人しいタイプだといいます。

バラエティ番組出演するときは自分ではなく他人にならないと力が出せないために、自分ではない自分を演出するためにかけているということです。

俳優業以外でバラエティー番組などに出演する際、ほとんどメガネをかける。このインタビューの時もバラエティーの収録を控え、黒縁メガネをかけていた。レンズはない。「シャイなんですよ。仕事とか外では明るくしているけど、家では黙ってジトッとしてますから。他人にならないと仕事ができないところがある。自分じゃない自分を演じるためにメガネをかけています」


 

陣内孝則の若い頃

息の長い俳優の陣内孝則さんですが若い頃はどんな様子だったのかを調べてみましょう。

陣内さんは1958年8月12日に生まれで、福岡県大川市で育っています。

実家は100年以上も続く婚礼家具などを扱う老舗家具屋です。

3人兄弟と両親、祖父母や住み込みのお弟子さんを含めた34人という大所帯で育ち、陣内さんは子供の頃からとても優秀でした。

小学生の頃からコミックソングなどに興味がありクラスメイトの前で歌ったりしていて目立ちたがり屋の一面もあったようです。

中学生になるとギターに目覚め、ギターを買ってもらうために両親には音楽の授業で使うという嘘をつきエレキギターを買ってもらいました。

その後にバンドを結成しています。


高校時代には福岡にライブハウスが多かった影響で『ザ・ロッカーズ』というバンドで活動をしてボーカルを担当していました。

陣内さんは『ローリングストーンズ』のミックジャガーさんに強く憧れを持ち自身もボーカルを担当しローリングストーンズのコピーを主にしていましたが、徐々にパンク色の強い楽曲中心の活動へと変わっていきます。

ザ・ロッカーズはカラフルな服装にメイク、マイクスタンドを振り回すようなパフォーマンスなど他のバンドとは異彩を放ち注目を集めるようになっていきました。

女性からの人気も絶大で、興奮した女性ファンが身に着けていた下着をステージに投げ込むようなエピソードもあったようです。

アマチュアバンドとして5年間活動していましたが1980年当時22歳のときに音楽プロデューサー上野義美(うえのよしみ)さんの目に留まりスカウトされてメジャーデビューを果たしました。

父親からはバンドでは食っていけないと反対をされたそうなのですが、夢の実現のために反対を押し切って上京をしています。

ザ・ロッカーズはとても仲が良かったので上京後は立川にある米軍ハウスを借りてみんなで暮らしていました。

しかし、しばらくすると関係が悪化していき1982年にたった2年で解散をしています。

 「ロッカーズ」は同級生バンドだけに上下関係はなかった。言いたいことが言えた。ただ、メンバーの個性も強くそれが裏目に出ることもある。上京後は東京都・立川の米軍ハウスで共同生活した。船越は言う。

 「一つのところに詰め込まれたことがよくなかったかもしれない。皿洗いの順番などで口論になることもありました」

 解散後、メンバーはそれぞれの志向する音楽の道へ。陣内は俳優、タレントとして活動している。

陣内さんは俳優やタレントとして芸能活動を続けました。

陣内孝則は若い頃からイケメン

1980年代トレンディドラマで大ブレイクした陣内さん。

個性的で強烈なインパクトのある俳優として人気がありました。


若い頃からかっこいい陣内さんを追っていってみましょう。

1982年に出演した『あまく危険な香り』の陣内さんを見てみましょう。

当時は20代でした。

共演者の浅野温子(あさのあつこ)さんもとても若くてチャーミングですが、陣内さんもなかなかのイケメンですね。

続いて30代のときに出演されたドラマ『愛しあってるかい!』。

当時の陣内さんは圧倒的な人気がありました。

40代のときの陣内さんです。

そして2023年現在の陣内さん。

白髪もよく似合うイケメンです。

以前の強烈なイメージとは雰囲気がかわり優しいオーラに包まれていますね。


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