三宅伸治(みやけしんじ)さんは、MOJO CLUBのメンバーとして活動しながら「忌野清志郎の女房役」と言われるほど音楽活動を共にしていました。
そんな三宅さんはプライベートで結婚されてご自身の女房はいらっしゃるのでしょうか。
三宅さんの家族や、若い頃についてなどお伝えします。
三宅伸治のプロフィール
本名:三宅伸治
生年月日:1961年(昭和36年)3月8日
出身地:宮崎県
最終学歴:東京農工大学中退
三宅伸治、一般人の嫁と結婚
三宅伸治さんはご結婚されており、奥様がいるそうです。
一般人のため名前や年齢、顔写真などは一切公開されていません。
結婚した時期は、MOJO CLUBが1990年3月1日にリリースした2枚目のアルバム「社会復帰」を制作している最中だったそうなので、1989年6月の事だったと思われます。
なぜ6月かと言うと、三宅さんは当時結婚を発表するようなことはしませんでしたが、三宅さんが「ボス」と読んでいる忌野清志郎さんから楽曲のプレゼントがありました。
それがRCサクセションが1990年9月27日ににリリースしたアルバム「Baby a Go GO」に収録されている「June Bride」という楽曲です。
ですので、結婚されたのは6月だろう、と言われています。
「June Bridge」はRCサクセションお得意のロックではなく、カントリー寄りの穏やかで幸せな雰囲気の楽曲です。
歌詞には「あんなやつと結ばれるなんて優しい君さ おめでとう」という一節がある通り、花嫁に向けたお祝いの歌になっています。
そして、なんと三宅さんが奥様と結婚した時、清志郎さんから奥さん宛てにFAXが届き、この楽曲の歌詞が書かれてあったそうです。
三宅さんも奥様もさぞかし嬉しかったでしょう。
清志郎さんもなかなかロマンティックな事をされる方ですね。
三宅さんは清志郎さんが亡くなった今でも、時々ご自身のライブでこの「June Bride」をカバーしておられます。
親友であり先輩であり音楽の伴侶でもあった清志郎さんからの最高のプレゼントを、よほど大切にされている楽曲なのでしょうね。
2023.6.21
『NEW EVERY WEDNESDAY 2023』
DAY3
アコースティックナイト
出演:三宅伸治(Vo. Ag)、高橋”Jr.”知治(Ab)、阿部美緒(Vio)[1部]
さぁ行こう!
June Bride
You Never Can Tell
またね
ウィンタールードメロディー
アミーゴ
お猿さん
新フェニックスマン→ pic.twitter.com/F6BEpQcjBh— よっちゃん (@yocyan0828) June 21, 2023
三宅さんはご自身の結婚について、結婚する前よりも自分の個人的なことを歌にする機会が増えた、と語っておられました。
奥様との出会いや家族になった事が、音楽家としての創作にも影響を与えたという事ですね。
子供がいる&家族は両親と兄
三宅伸治さんにはお子さんがいらっしゃるようです。
プライベートな事をあまり語られない三宅さんですので、お子さんに関してもあまり情報がありません。
1人目のお子さんはMOJO CLUBとして1990年11月7日にリリースした「ホームシック」を制作している頃に誕生したそうです。
女の子で名前は「ミク」ちゃんという事だけは、以前にインタビューで語っておられました。
2024年現在はすでに30歳を超えられていると思われます。
もしかしたら三宅さんはすでにおじいちゃんになられているかもしれませんね。
もしもそうだとしたら、かなりかっこいいおじいちゃんではないでしょうか。
三宅伸治さんはかっこいい
(当たり前) pic.twitter.com/bk7ahHeFtB— チャチャっとカレー皿 GPT 2024 (@F7F8NEYp7fTTsru) July 2, 2023
三宅さんに「ミク」さん以外のお子さんがいらっしゃるかどうかは明らかになっていません。
ご実家の家族については、ご両親とお兄さんがいらっしゃったそうです。
父親が流行りものが好きだったそうで、当時流行っていたボーリングのマイボールを持っていたり、スチールギターがあったりなど、それをおもちゃにして遊んでいたそうです。
若い頃からバンドをしていた
三宅伸治さんは、多くのミュージシャンと同じように若い頃からバンドをしていたそうです。
音楽を始めたきっかけは父親が所持していたスチールギターだったそうで、小学校の頃から雑誌の付録の歌本を見て、弾き語りをしていたそうです。
そのうちにお兄さんの影響でRCサクセションや憂歌団などを聞いていました。
後に強い関係性で結ばれることになった忌野清志郎さんの音楽を聴いて育った思春期だったんですね。
初めてRCサクセションのライブを見たのは小学校6年生の時で、東京に住んでいた親戚を頼りに、日比谷野外音楽堂で行われたフェスのトップバッターで見たのが最初だったそうです。
それを見た三宅さんは地元に帰ると、友達と「メイク」というバンドを組んだそうです。
高校は進学校に進学し、2年生までは真面目に勉強をしていたそうです。
ですが、2年生の時に修学旅行をサボってブルースのライブを見に行き、衝撃を受けたそうです。
それを機にまた音楽の情熱が再燃し、バンドを組みました。
友達の中ではドラムが見つからなかったそうですが、昔ドラムでセミプロをやっていたという先生に頼み込んでバンドに入ってもらったそうです。
ですが、学園祭にバンドで出演した後、ドラムをやってくれた先生が校長先生に怒られてクビにされてしまったそうです。
それについては三宅さんも罪悪感を感じているそうですが、いきなりクビにしてしまう学校側にも問題がありそうですね。
進学校だったため、風紀を乱すと判断されたのかもしれません。
大学は一浪の後に東京の大学に進学し、それからはよりバンド活動に精を出し、MOJO CLUBとしてデビューできることになったそうです。
三宅さんは2024年には63歳を迎えられますが、これからもかっこいいロッカーとして活動して欲しいですね。
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