江波杏子(えなみきょうこ)さんは、『女賭博師昇り竜のお銀』で知られる女優です。
どこか日本人離れしたエキゾチックな顔立ちが美しく、多くの人の心を掴みました。
そんな彼女は独身だったのか、もしくは結婚して夫がいたのでしょうか。
また、ショーケンこと荻原健一さんとの関係も気になります。
その他にも子供がいたのかや実家の家族についても調べてみました。
江波杏子のプロフィール
愛称:不明
本名:野平香純(のひらかすみ)
生年月日:1942年(昭和17年)10月15日
身長:160cm
出身地:東京都渋谷区
最終学歴:宝仙学園高等学校
所属事務所:アルファーエージェンシー
江波杏子に夫はなく結婚していない
江波杏子さんは、実は一度も結婚しておらず夫もいませんでした。
若い頃も年齢を重ねてからも美しい方だったので、一度も結婚していないとはとても意外ですよね。
有名芸能人と交際報道が出たこともあるくらいなので、男性には不自由しなかったように見えます。
しかし、実際にはとても一途な性格のようで、恋愛経験は人生で2度だけだったのだとか。
その2度だけの恋愛が結婚に結びつかなかったのですね。
もちろん理由はそれだけではなく、女優としての仕事も忙しかったために、結婚を考えるような余裕もなかったのかもしれません。
美人で素敵な女優が一度も結婚していないのは、勿体ないきがします。
しかし、ファンからするとずっと夢を見させてくれる立派な女優だったのかもしれませんね。
昭和おんな博徒、感動し過ぎて鳥肌立ってしまいました。自分の好きな映画がまた増えました、五瓣の椿や修羅雪姫ほど派手じゃないですが加藤泰監督の描く女の愛と意地、江波杏子さんの哀しみに燃え尽きたようなお姿、素晴らしかったです。ありがとうございました。 pic.twitter.com/3AnDcWyt0S
— アサミ (@asamisasamisash) February 20, 2024
江波杏子と萩原健一は付き合っていた
江波杏子さんには、ショーケンこと萩原健一さんとの交際歴があります。
人気女優と若い女性に絶大な人気のあったショーケンの熱愛ですから、当時は大騒ぎになったことでしょう。
一体このビックカップルがいかにして誕生したのかが気になりますよね。
調べたところ、2人はある雑誌の対談がきっかけで出会い交際に発展したようです。
荻原健一さんはプレイボーイのイメージでしたが、意外にもこの時アプローチしたのは江波さんの方からだったようです。
荻原さん曰く、問題の対談後に一緒にタクシーに乗っていると、江波さんが電話番号を教えてきたのだとか。
なんとも大胆な話ですが、この教え方がかっこいいのでご紹介します。
江波さんは荻原さんに、「私の電話番号は覚えやすいの」といって番号を教えたのだそうです。
その言い方、まるで映画のセリフのようにおしゃれでかっこいいですよね。
当時荻原さんはザ・テンプターズに所属しており、まだ10代という若さでした。
一方の江波さんは8つ年上のお姉さん、しかも日本人離れしたセクシーな体型とあって年下のショーケンさんは簡単に落ちてしまったようです。
さて、このようにスムーズに交際が始まったかに見える2人ですが、大変だったのは交際が始まってからでした。
荻原さんが明かしたところによると、仕事が忙しすぎてなかなか会えなかったのか、男女の関係になるには時間がかかったといいます。
ちなみに江波さんはとてもお酒に強く、萩原さんは彼女の影響でお酒を覚えたのだとか。
荻原さんは生涯で大勢の美女たちと交際を報じられてきました。
しかし、その中でも江波さんのいい女ぶりは群を抜いていたと後に明かしています。
結局2人は結婚には至りませんでしたが、お互いにとって生涯忘れられない恋となったのではないでしょうか。
#勝負事の日
昇り竜のお銀 (江波杏子) 紺野愛 (扇ひろ子)
冴子 (加賀まりこ) 猪の鹿お蝶 (池玲子) pic.twitter.com/M77xLzTnDt— 若林伸重 (@wakabayashi1968) January 7, 2021
江波杏子に子供はいない
江波杏子さんには子供がいません。
結婚していないので、子供もいなかったのですね。
ところで、とても美しい江波さんですが、実は母親が元女優だったのをご存じですか。
残念ながら江波さんが5歳の頃に亡くなっていますが、きっととても綺麗な方だったに違いありません。
江波さんに子どもがいればきっとその遺伝子を受け継ぎ親子3世代で俳優になれたかもしれませんよね。
仕方がないとはいえ、少し残念です。
1942(昭17) – 2018(平30) 大女優 酒豪
昇り竜のお銀 女賭博師シリーズで看板スター pic.twitter.com/onCnPBcSEz— 和丸号 (大塚和之) (@kazumarugou) February 22, 2023
江波杏子の家族がすごい
江波杏子さんの実家は、歴史上の偉大な人物と繋がりがあったり芸能人がいたりと、なかなかに凄い家族のようです。
まずは高祖父である柴田平五郎さんです。
彼は植木職人をしていましたが、なんとあの新選組・沖田総司をかくまった人物と言われています。
というのも、沖田総司が晩年に結核の療養生活を送り亡くなったのが、柴田平吾郎の屋敷なのです。
江波杏子さんはこのことを積極的に発信していたわけではないようですが、とてもすごい繋がりですよね。
次に江波さんの両親ですが、母親は江波和子さんといい女優をしていました。
東宝映画で活躍したようですが、デビューから1年半で引退しているので出演作はあまり多くありません。
女優ということでとても美しい方でしたが、1947年杏子さんがわずか5歳の頃に結核で病死しています。
杏子さんの記憶にある母親は厳しく、掃除や作法に関してはしっかりしつけられたのだそうです。
そのため、当時まだ幼かった杏子さんですが、母親に甘えることはできなかったのだとか。
母親に甘えられなかったのは少し可愛そうですが、厳しく仕込まれた礼儀や作法は、その後杏子さんの財産になっていますよね。
一方の父親は、母親の死後に二度再婚しています。
そういう少し複雑な環境で育ったためか、いつしか杏子さんは自立して生活したいと考えるようになり、実家を出て女優になりました。
最後に、兄弟に関しては弟がいることがわかっていますが、一般の方のようで詳しい情報はありません。
しかし、2018年に江波さんが亡くなった際には、この弟やスタッフらが看取ったというので、関係は良好だったといえそうです。
江波杏子が独身を貫いた理由
江波杏子さんは生涯独身でしたが、それには彼女の性格が大いに関わっているようです。
彼女は以前出演した番組で「パートナーは欲しいけれど、めんどくさい」という意味の発言をしていました。
なんでも、パートナーには自分が必要なときだけ側にいて欲しいと思うタイプなのだとか。
江波さんも人間ですから、独り身で孤独を感じることもあったでしょうが、それ以上に特定のパートナーを持つのは面倒だったようですね。
ましてや、熱愛があればマスコミに追いかけられる芸能人ならばなおさらかもしれません。
いずれにせよ、この発言から、彼女が結婚に向くタイプではないことがわかりますよ。
結婚となれば、毎日一緒にいることになり、自分が側にいて欲しい時だけ側にいてもらうというわけにはいきませんからね。
さて、江波さんは2018年に亡くなりましたが、死去の5日前までラジオ収録の仕事に参加していました。
まさに最後の最後まで仕事に打ち込んでいたといえますよね。
夫やパートナーを持たなかった彼女にとっては、仕事が恋人だったのかもしれません。
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