薬師丸ひろ子の再婚。同棲相手が夫に?玉置浩二との離婚理由と子供

女優・歌手として角川映画で人気を博し、今やベテラン芸能人となった薬師丸ひろ子(やくしまる ひろこ)さん。

今回は薬師丸さんについて再婚の噂、現在の夫はいるのか、その真相を調査しました。

なんでもお相手の男性との交際期間は長く、両親公認の仲だといいます。

どのような人物なのでしょう。

また元夫の玉置浩二さんとの離婚理由や、離婚後の関係についても調査しましたので、必見です。

さらに子供がいるかも確認しましょう。

薬師丸ひろ子のプロフィール

愛称:ピーちゃん(玉置浩二より)

本名:薬師丸博子

生年月日:1964年6月9日

身長:155 cm

出身地:東京都港区北青山

最終学歴:玉川大学文学部英米文学科

所属事務所:個人事務所オフィス・メル

薬師丸ひろ子が事実婚!

1991年に玉置浩二さんと結婚し、98年に離婚した薬師丸さん。

玉置浩二さんとの離婚後は、恋愛を含め、そのプライベートをあまり口にしなくなったと言われる薬師丸ひろ子さん。

しかし、そのなかで、静かで確かな愛を実らせていたようです。


2004年、NHKカメラマンの男性と同棲していたことがわかっています。

そのお相手のというのは、2001年に出演したNHKドラマ『コウノトリなぜ紅い』で、撮影を担当した男性でした。

年齢は、薬師丸さんの2歳上だといわれています。

そのお相手の男性は、カメラマンとして数々の受賞経験もあるベテランさんなのだそう。

男性を知る人物によると、職人気質な面があり、仕事に対してとても真面目な方だと評判です。

また、優しい一面も持ち合わせており、とても素敵な人柄なのだとか。

薬師丸ひろ子さんは、Aさんの職人気質な面を持ちながら、優しい性格に惚れたと言われていますね。

話を聴いていると、職場でのストレスを家には持ち込まないタイプなのかもしれません。

そして、この人ならば両親とも仲良くやってくれるのではと、薬師丸ひろ子さんも自宅へ彼を呼ぶようになります。

都内の豪邸に両親と暮らしていた薬師丸さんですが、男性も週の半分は豪邸に招かれ、ひとつ屋根の下で過ごしました。

玉置浩二さんとの経緯を見たうえですので、ここを見極めることの重要さがよく伝わってきますね。

これをクリアしたAさんは、2004年にはご両親と4人、半同棲にまで至りました。

「優しい彼なら、両親ともうまくやっていける」と考えた薬師丸さん。

彼女の読みはあたり、半同棲状態でもトラブルなく、両親たちと良好な関係を築いていました。

ただ、4人で暮らしていた日々はそう長くはなかった模様です。

2人は事実婚状態だったそうですが、近所の人からすると、夫婦にしか見えない様子だったといわれています。

薬師丸さんの愛犬の散歩や、ゴミ出しをしている様子も目撃されており、家族同然に暮らしていた様子。

というのも、ご両親が自らの意思で、那須にある別荘へ移住したのでした。

理由は、薬師丸ひろ子さんの再婚のためで、やはり玉置浩二さんとの一件は、ご両親にとっても改善すべき点があったという認識があるようですね。


同じ時期から両親は、娘の再婚を見越して、栃木県那須の別荘で過ごすようになったといいます。

しかし、出会ってから20年が経った2021年現在、お二人が結婚したという確定報道はありません。

もしや、破局したのではないかとさえ過るところですね。

しかし2014年、突如破局が報じられました。

一時期、男性は薬師丸邸で姿を見かけられなくなります。

ですが、それ自体が、いわば『杞憂に終わった』ようで、結果的に薬師丸ひろ子さんとAさんの同棲生活は続いていました。

理由は破局ではなく、カメラマンの仕事を増やしていた影響のようです。

また、2015年には、相手の男性がずっと借りていた近所のアパートを解約し、荷物を全て薬師丸さんの自宅に運び込んだとの情報がありました。

どうやらこれを機に、本格的に2人暮らしを開始したのでしょう。

つまり、少なくとも15年以上も事実婚状態の薬師丸ひろ子さんとAさん。

その背景を、玉置浩二さんとの結婚生活を踏まえて考えると、やはり、ご両親の意向を踏まえてという面もあるのでしょうか。

元来、婿養子に入ることを玉置浩二さんに求めていましたね。

けれども、その当時の反省を活かし、改めて、ご両親は那須へ移住されました。

ただ、薬師丸ひろ子さんとしては、『では早速』という気にもなれない可能性はありますね。

あるいは、正式に結婚となると、マスコミがまた騒ぎ出すのを気にしている面もあるのかもしれません。

いずれにしても、『静かに暮らしたい』という思いはあるのでしょう。

そんななかで、2020年6月には、新たなお二人の近況を報じる週刊誌記事もあり、一安心ですね。

しかしながら、薬師丸さんが再婚するか否かは不明なのが現状です。

とはいえ、「薬師丸家のマスオさん」と呼ばれる献身的な男性と、残りの生涯を送ることを決めたのでしょう。

わざわざ籍を入れなくても、財産も十分ありますから、2人で気楽な関係のまま支え合うのが理想なのかもしれません。

薬師丸ひろ子、同棲の近況

ご両親の那須移住後、東京の豪邸で暮らしていたとされる薬師丸ひろ子さんとカメラマンのAさん。

その過程では、Aさんが自分の名義を引き払って、完全同居になったなど、細かい動きもあったようです。

そして近年、都内の豪邸を離れ、地方に建てた別荘地で暮らしているとの情報もあるようです。

2020年6月の週刊誌報道によれば、お二人は、地方へ移住したとのことですね。

その理由は、やはり薬師丸ひろ子さんのご両親の近くへというものが大きいようです。

薬師丸ひろ子さんは、ご両親の移住後、お母さんが足を悪くされたこともあって、頻繁にそこへ通っていたそうです。

東京から車で2時間とのことですから、ご自身で運転されていたのでしょうか。

ただ、その生活も2015、2016年頃には、スタイルが変わったそうです。

薬師丸ひろ子さんとAさんが、ご両親の近所へ別荘を買ったというのですね。

しかも、お金を出したのはAさんだといいます。

モダンな外観の2階建てで、家の裏にはストーブ用の薪が積まれている、素敵な住まいだといいます。

そのスローライフを共にしているのが、いわずと知れたカメラマンの男性です。

彼は、この引っ越しも大賛成だったということで、薬師丸ひろ子さんがその優しさに惚れたというのも分かりますね。

2人の仕事にも支障のない距離感であることがうかがえます。

また、地方移住を決意した大きな理由のひとつが、「地方の別荘地で暮らす両親の近くで様子をみたい」、という思いがあったといいます。

ご両親も娘夫婦の幸せを願い、行動し、また、娘夫婦もご両親を思い、行動するまさに理想的な親子関係を築いているようですね。

公的な関係こそないものの、薬師丸さんの両親を想う姿勢は、まさに義理の息子のようです。

ここまでの仲や愛ならば、もはや籍を入れる入れないなど、単なる手続きの問題ではないかとさえ思えてきますね。

なお、余談ですが、フジテレビ系『笑っていいとも!』に出演した際、飛行機に乗った際の、あるこだわりを話していた薬師丸ひろ子さん。

可能な限り、窓際を取るそうです。

その理由は、景色を楽しみたいのかと思いきや、離陸直前の、飛行機が動き出したときに、外に見える従業員の方々に手を振りたいからだそうです。

たしかに、あちらも手を振ってくれていますから、楽しくなりますね。

もしかすると、那須までもできれば飛行機で行きたかったかもしれませんね。

薬師丸ひろ子の玉置浩二との離婚理由

次に薬師丸さんと玉置浩二さんとの離婚理由を見ていきます。

離婚理由についてはネット上で様々な憶測が飛び交っており、真相は不明なのが現状。

玉置さんによるDVが原因とも、薬師丸さんが夫のスタジオを散らかし放題にしたためともいわれています。

また女優の石原真理さんを始め、多くの女性と浮名を流したとされる玉置さんの女性問題が原因の可能性も考えられます。

いずれにせよ、お互いに容認できないトラブルがあったのでしょう。

ただ薬師丸さんは離婚後、歌がうまい歌手として、玉置さんの名前を挙げたことがあるようです。

玉置さんはパートナーにするには馬が合わなかったものの、歌手として尊敬していることは確かなのでしょう。

しかしながら、離婚後は「絶縁状態」とも囁かれ、2人の関係は凍結していました。

そして、離婚から18年が経過した2016年、2人の関係に雪解けが訪れたといいます。

そのきっかけとなったのが、薬師丸さんの歌手デビュー35周年を記念して発売されたCD「Cinema Songs」です。

このアルバムは全て薬師丸さん本人による自選曲で、彼女自身が「アルバムを作るならこの楽曲は欠かせない」と選んだのが「コール」でした。

許可取りをするために薬師丸さんからのラブ”コール”を受け、もちろん玉置さんは快諾したといいます。

まさに名曲「コール」は、2人の凍りついた関係を関係を溶かしてくれた、記念すべき楽曲ともいえるでしょう。

衝撃的離婚発表

今でこそ、すっかり青田典子さんとのイメージが浸透している玉置浩二さん。

しかし、彼こそが、薬師丸ひろ子さんの最初の旦那だったのです。

豪快でセクシーな玉置浩二さんと、良妻賢母な役の多い薬師丸ひろ子さん。

やはり、まだイメージが湧きませんね。

そして、その離婚発表はより衝撃的な発表の仕方でした。

泥沼かと思いきや、何とも明るい発表だったのです。

1998年6月5日、都内某ホテルにて薬師丸ひろ子さんの誕生日パーティーが開かれていました。


MCの玉置浩二さんもご機嫌で、「ワインレッドの心」「セーラー服と機関銃」など、次々に歌い上げたそうです。

客席には、森山良子さんや、真田広之さんら100名に及ぶ著名人、音楽関係者が揃い踏みでした。

隅の隅で良いから、その場にいたいと思うそんな夢のパーティーですね。

けれども、その結末が、まさかの離婚発表でした。

突然、玉置浩二さんが、今日で別れること、ただ、別々の生き方をするのであって、心そのものは通じているという旨を述べたのです。

生で聴いていたならば、冒頭のお別れ宣言は何かの聞き間違いかなと思いそうですね。

しかし、薬師丸ひろ子さんも、笑顔で『そういうことです。』と同調します。

もはや、夢ではありません。

ところが、会の最後には、引き出物とお二人のCDが渡されたとのことで、これは、『誕生日会』と銘打たれた、言わば、『離婚式』だったのでしょうか。

玉置浩二との離婚理由

お祝いムードのなか、謎の離婚式で幕を下ろした薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さんの関係。

当時を振り返った週刊誌記事によれば、不仲説そのものはあったようです。

その発端は、なんと結婚当初に遡ります。

角川映画の代表的女優だった薬師丸ひろ子さんが、結婚を機に家庭に入ったのでした。

こうして聴くと、薬師丸ひろ子のストレス爆発かとも思えるでしょう。

しかし、実際には、玉置浩二さんは婿養子に入ることを薬師丸ひろ子さんとご両親に提案されていたそうです。

それに快く頷くことができなかった玉置浩二さんは、結婚式から1年半ほど経ってようやく籍を入れたのでした。

その頃、住まいも、薬師丸ひろ子さんのご両親と同じくしていた玉置浩二さん。

というのも、当時、薬師丸ひろ子さんは世田谷の6億円の豪邸を所有していたのです。

ちなみに、この豪邸を建てる前には、ご両親のために横浜にも豪邸を建てたそうで、レベルが違いますね。

という状況、環境において、地下室にあるスタジオをご両親が次第に物置と化してしまい、別居となったとも言われていました。

時には、作曲をしていると『うるさい』と苦情を言ってきたそうですから、まさに居場所がなかったのでしょう。

こうした流れから見ても、週刊誌によっては、離婚原因を、玉置浩二さんと薬師丸ひろ子さんのご両親の関係性にあるとみているところもありましたね。

薬師丸ひろ子さんは、2人姉妹で男兄弟がいなかったためそのご両親としては、玉置浩二さんに婿養子に迎えたかったのかもしれません。

また、薬師丸ひろ子さんはご自身の活躍により、家にファンが押し寄せ、泣く泣く母と一緒に高校の近くへ引っ越した過去があります。

当時は、自分のせいで、ご両親を別居状態にさせてしまったことをかなり悔やんでいたそうですね。

だからこそ、豪邸をプレゼントし、一緒に住んでいたのでしょう。

各々の事情を見ていると、どちらが悪いという話ではなく、本当に、生き方を分けるという決断だったのかなと思えてきますね。

薬師丸ひろ子と玉置浩二が和解!

前項目の締めくくりで、離婚理由を本当に生き方を分けただけとしておいてなんですが、実は、離婚後は不仲だったという薬師丸ひろ子さんと玉置浩二さん。

その関係が明るみになったのは、2010年の映画『今度は愛妻家』公開中のことでした。


同作において、薬師丸ひろ子さんは、豊川悦司さんの奥さんを演じておられましたね。

それを観賞し、彼女の演技に胸を打たれた玉置浩二さん。

すると、彼は彼女に手紙を書きました。

自らと結婚したことを薬師丸ひろ子さんが誇れるような音楽作りを違う内容とともに、『ごめんね』という謝罪も綴られていたといいます。

奇しくも、映画のタイトルかのようなメッセージですね。

しかし、薬師丸ひろ子さんは返信をせずでした。

離婚式の際、心は繋がり続けると思っていたのは、玉置浩二さんだけだったのでしょうか。

けれども、2016年に薬師丸ひろ子さんは、ご自身が選曲した映画音楽カバーアルバム『Cinema Songs』をリリースします。

このなかで、彼女は玉置浩二さんの『コール』をカバーしていました。

この曲は、薬師丸ひろ子さん主演の映画『ナースコール』の主題歌ですね。

もしかすると、これは先の玉置浩二さんからの手紙に対する6年越しの返信なのかもしれません。

思えば、元来、『胸の振り子』の提供が結婚のきっかけだったお二人。

再びそれを繋げたのも音楽だったというのは、芸術の力というか、美しいですね。

薬師丸ひろ子の子供は?

最後に薬師丸さんの子供を見ていきます。

母親役のイメージがすっかり定着した薬師丸さん。

しかし前夫である玉置さんとも、事実婚の相手であるカメラマンとも、子供はもうけていないようです。

薬師丸さんは自分に子供がいないので、母親役には不安を抱いていたといわれています。

だからこそ、自身が演じる母親像に違和感を抱かれないよう、しっかり街中の人々の様子を観察し、役作りに活かしているそうです。

薬師丸さんが演じる母親像は、自身の体験が土台となっているのではなく、地道な努力によって形成されたものなのでしょう。

NHK朝ドラ『エール』でも、夫に先立たれ、ほぼ女手一つで三姉妹を育てあげていましたね。

ビシッと言うところはビシッと、寛容でお茶目な部分は楽しく実に自然に演じておられました。

現場で見守った関係者の方も、実際にお子さんがいないからこそ、想像力を持って自由に演じられるのが、好結果を生んでいるのではないかとの旨を語られています。

観察力と想像力、それこそが薬師丸ひろ子さんの母親役の原点なのでしょう。

ただ宮藤官九郎さんの作品ではいつも、母親役ではない、独特な役を割り振られるのがありがたいそうです。


たしかに、2019年のNHK大河ドラマ『いだてん』では、占いのできる飲み屋のママさんを好演しておられましね。

あの美貌をもってしても、阿部サダヲさんから、作中で『ババア』呼ばわりされるなど、逆に新鮮で楽しかったのかもしれません。

実際にお子さんはおらずとも、離婚を経てから、理想のパートナーに恵まれ、今では私生活も仕事も充実しているのでしょう。

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コメント

  1. 薬師丸ひろ子さんの歌を誰がいいと思って聞いてるのだろう?
    分からん!
    あんな風に歌う人なんて5万といる!
    分からん!