岸田今日子の子供は娘だけ?死因は何?岸田森との関係&ムーミンが今も評判!

存在感のある演技でドラマや映画からバラエティーまで引っ張りだこだった岸田今日子(きしだ きょうこ)さん。
ムーミンの声優を務める決意の裏にあった思いが感動的だった?

岸田今日子と言えばムーミン?

毎日映画コンクールの助演女優賞やブルーリボン助演女優賞を受賞するなど実力派女優だった岸田今日子さん。
存在感のあるその演技から「怪優」と言われることもありました。


実力派女優でありながらバラエティ番組にも積極的に出演していた岸田今日子さん。
吉行和子さん、冨士真奈美さんとの仲良しトリオで番組に出演することもありましたね。

そんな岸田今日子さんを語るうえで外すことができないのが「ムーミン」。
今も世代を超えて人々に愛されているムーミンの声を岸田今日子さんが演じていました。

岸田今日子さんが声優をしていたのは1969年版と1972年版。
ですが、この時のアニメの内容が日本向けにかなりアレンジをされたもので原作者はあまり好意的ではなかったようです。

それでも1985年頃までは度々再放送されていた岸田今日子さんのムーミン。
ところが1990年に原作通りの「楽しいムーミン一家」の制作・放送を機に岸田今日子さんが演じた「ムーミン」はテレビ界から姿を消すことになってしまいました。

岸田今日子に子供は何人?娘がいる?

岸田今日子さんは1954年に自身と同じく文学座に所属する俳優、仲谷昇さんと結婚。
仲谷昇さんは演技の上手さはもちろん、二枚目俳優としても人気でした。

結婚後も女優を続けていた岸田今日子さんは多忙のあまりに一度流産を経験しています。
この辛い経験もあり二度目に妊娠した時は仕事を全て断ったことで無事に長女を出産。
娘の名前は「まゆ」というそうです。

実力が無い女優が妊娠・出産で仕事を断ると新しい仕事が来ずに半ば引退状態に追い込まれてしまうでしょう。
ですがそこは実力派女優であり個性派女優でもある岸田今日子さん。

出産後も多忙だったことで仲谷昇さんとすれ違いが多くなり1978年に離婚。
長女は岸田今日子さんが引き取り、母子二人だけの生活となりました。

実は岸田今日子さんがムーミンの声優を務めたのは娘のため。
娘に自分の仕事を分かってもらうためにムーミンの声優をしたんだそうです。

そんな岸田今日子さんの優しさもあってか母子家庭ながら親子の仲は良好。
岸田今日子さんは晩年、長女の一家と一緒に暮らしていたそうです。

岸田今日子の死因は?

2006年12月17日に76歳で亡くなってしまった岸田今日子さん。
死因は脳腫瘍による呼吸不全でした。

岸田今日子さんに脳腫瘍が見つかったのは2006年1月下旬。
頭痛のために病院で精密検査を受け、脳腫瘍が発覚。
すでに手術は出来ない状態だったために投薬治療を行っていたそうです。

岸田今日子さんが亡くなる約1ヶ月に元夫の仲谷昇さんも亡くなっています。
まるで後を追うかのように天国に旅立った岸田今日子さん。
これは偶然なのでしょうか。

岸田森は岸田今日子の従妹

43歳という若さで亡くなってしまった岸田森さん。
樹木希林さんの元夫であり、あの勝新太郎さんや水谷豊さん、松田優作さんが指名するほどの名俳優だったんです。

法政大学在学中に俳優を志して1960年に文学座に入団した岸田森さん。
劇団に入団したとはいえ研究生という身分のため年収は2〜3万円ほど。
そんな生活が5〜6年続いたそうです。

1964年に岸田森さんは25歳の若さで文学座の同期である樹木希林さんと結婚。
26歳の時に研究生から座員に昇格しますが27歳で退団し、樹木希林さんら数名と「六月劇場」という劇団を結成。

1968年に樹木希林さんと離婚し、バーのママと再婚するも再び離婚。
その後、女優の三田和代さんと事実婚の状態にありましたが籍は入れなかったようです。

岸田森さんは俳優として活動する一方で演出家としても活躍。
水谷豊さんが出演していたコマーシャルの演出などをしていたそうです。


劇団員時代に身に着けた演技力と人柄で多くの人に慕われていたという岸田森さん。
長生きをしていればどれだけの名作に名を残していたのでしょう。
若くして亡くなってしまったことが本当に残念でなりません。

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