内田春菊、子供の名前がすごい。娘・息子の就職について。子育て3原則とは

幾度もドラマ化された人気漫画『南くんの恋人』や、世間を騒がせた自伝的小説『ファザーファッカー』などで知られる内田春菊(うちだしゅんぎく)さん。

漫画家、小説家の顔だけでなく、女優やシンガーとしても活動する才女ですね。

テレビ番組で紹介された子供たちがネット上で話題を呼んでいますが、今回は娘や息子について詳しくみていきたいと思います。

就職活動をしていた長男のその後も追いながら、内田春菊流の子育てについて迫ります。

内田春菊の子供たちのキラキラネームがすごい!


その壮絶な半生がメディアでもたびたび取り上げられる内田春菊さん。

本名を内田滋子さんといい、1959年8月7日、長崎県長崎市で生まれました。

16歳で家出をして、高校は強制退学。

バーのホステスや喫茶店のウェイトレスなどいくつもの仕事を転々として、四コマ漫画でデビューします。

性的な事柄を赤裸々に描いているのに絵柄はポップでかわいく、しかも女性視点という作風が脚光を浴びて、またたく間に人気漫画家に。

処女小説『ファザーファッカー』を発表したのは1993年のことでした。

同作は、過去に養父から受けた性的虐待や家族の歪んだ関係を告白した自伝的小説。

衝撃的な内容でベストセラーとなり、直木賞にもノミネートされています。

波乱万丈な人生を送ってきた内田春菊さんは恋愛遍歴も規格外。

3度の結婚歴があり、4児の母です。

最後の夫である俳優の貴山侑哉さんとは2005年に戸籍上の婚姻関係を解消したあとも同居生活をしていました。

どうやら戸籍制度に対する違和感が原因だったようです。

長男は未婚で出産しており、長女は不倫の子。

3人目の夫である貴山侑哉さんとの間にもうけたのが次女と次男です。

貴山侑哉さんとの事実婚解消後は17歳年下の恋人がいたことを明かしていますが、これも破局。

2020年現在はシングルマザーということになります。

子供たちには法則性のある名前をつけており、これが非常に話題を呼んでいますね。

1992年11月20生まれの長男は在波(あるは)さん、1997年3月15日生まれの長女は紅多(べえた)さん。

そして1999年12月29日生まれの次女は紅甘(ぐあま)さん、2001年生まれと思われる末っ子は出誕(でるた)さん。

すべてギリシャ文字のアルファベットに当て字をしたとのことですが、振り仮名がないと読めません。

なぜこのような名前をつけたかというと、まず長男が誕生した際、未知の可能性を持ってほしいという願いから「プラスアルファ」にヒントを得たのだそう。

長女の時は「アルファの次はベータでしょ」。

この流れでいくと3人目は「ガンマ」になるのですが、女の子だったために音の強さを少し和らげて「ぐあま」に。

4人目の男児は「デルタ」とつけないわけにはいかなったそうです。

当の子供たちはというと、「インパクトがあるからすぐ覚えてもらえる」「名前に誇りをもっている」など親孝行のコメント。

いい子供たちです。

内田春菊の息子・娘の就職は?

次女の紅甘さんは子役から芸能活動をしていました。

ミサワホームのCMや2015年版『南くんの恋人』、映画『イソップの思うツボ』などに出演しています。

ところが2019年5月に10年間所属したノックアウトを退所。

今後は女優業を一時休止して文筆業に携わっていくとのことです。

長男・在波さんは京都の大学で漫画のプロデュースを学び終えて卒業。

就職活動に精をだしていることを内田春菊さんもブログでつづっていましたが、その後の詳細は不明。

母と同じ道に進んだともいわれていますが、漫画家としての具体的な情報は得られませんでした。

長女の紅多さんが進学した大学は東京造形大学のようです。

2017年に開催された東京国際プロジェクションマッピングアワードで、東京造形大学チーム「MYUTO」のメンバーとして優秀賞を受賞しています。

内田春菊の子育て3原則


虐待された経験を持つ女性たちは、「わが子にも同じようなことをしてしまうのではないか」と心配するという話をよく聞きます。

内田春菊さんが母親として自身の過去とどう向き合い、負の連鎖を断ち切ったのかは興味深いところです。

親を憎んだままの状態で子供を産むことは考えられなかったという内田春菊さん。

子育てでは強く意識したことが三つありました。

ひとつは「男の子」「女の子」「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」という言葉の圧力の排除。

自身が「お姉ちゃんなんだから」という理由だけで妹にすべて譲ってきた経験があるだけに、自分の子供たちが何かの取り合いをした際は「人生経験の少ないほうに譲ってあげて」という言い方をしたそうです。

二つめは、自分と子供を支配しようとする男性とは交際しないこと。

例えば子育てのために仕事量をセーブすると意見してきたり、子供たちに対してマウンティングをしたりする男性は教育上よくないと判断して別れたといいます。

三つめは、子供に謝る姿勢を忘れないこと。

子供時代、内田さんは漫画家になる夢を母親に邪魔されたことがありました。

漫画家として成功したあと、一転して経済面で頼ってきた母親に、夢を妨害したことへの謝罪を求めたという内田春菊さん。

けれども母親は頑として謝らなかったといいます。

これが母親と絶縁する決定打になりました。


養父による性的虐待、家出、3度の離婚、がん闘病と、さまざまな試練を乗り越えてきた内田春菊さん。

遺言状のつもりで書いた『ファザーファッカー』からはや27年がたちますが、主人公が経験した地獄の現実に衝撃を受けた人は少なくないのではないでしょうか。

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