財津一郎の現在に死亡説。妻の介護&息子はプロデューサー。タケモトピアノCM秘話

ここ10年ほど、テレビへの露出がタケモトピアノのCMだけになっている財津一郎(ざいついちろう)さん。

ドラマや映画の出演作が途絶えていることから死亡説まで飛び交うありさまですが、どうやら2020年現在は妻の介護に奮闘中のようです。

この記事では今の暮らしぶりやご本人の体調を追いながら、息子についても取り上げます。

財津一郎の2020年現在。死亡説も浮上

頻繁にオンエアされているタケモトピアノのCMで見かける財津一郎さん。

じつはこれが撮影されたのは1997年のことで、以来ずっと同じ映像が使われている超ロングランCMです。


財津一郎さんは本名を財津永栄(ざいつながひで)さんといい、1934年2月22日生まれの熊本県熊本市出身。

CM撮影時は63歳、2020年に86歳を迎えました。

実家は名家で、高校卒業後に上京して帝劇ミュージカルの研究生に。

皿洗いのアルバイトをしたり、進駐軍のキャンプ回りをしたりと、実社会でもまれながら芸を磨いてきた苦労人です。

大きな転機となったのは1964年に吉本新喜劇に入り、芸名を「財津一郎」に改めてから。

手を頭の後ろに回して反対側の耳をつかんで叫ぶ「キビシーッ!」や「助けてチョーダイ!」などのギャグが大ウケし、続く人気テレビ番組『てなもんや三度笠』に出演。

浪人の蛇口一角役で全国区の人気者になりました。

ドラマ『3年B組金八先生』シリーズや映画『連合艦隊』など俳優としての評価も高く、こてっちゃんのCMでもおなじみですね。

ネット上には死亡説も飛び交っている財津一郎さん。

近年の出演作がないだけなく、一向に新バージョンが現れないタケモトピアノのCMも一因になっているようです。

2010年の主演作『ふたたび swing me again』の公開時には「これが最後の映画」と話していた財津一郎さん。

2011年3月の『3年B組金八先生ファイナル』以降は療養のために芸能活動を休止中とのことです。

61歳の時に脳出血、70歳の時に肺の前がん病変、83歳で脊柱管狭窄症を患い、そのたびに懸命に病気と向き合ってきたようです。

脊柱管狭窄症になった時は要介護3に認定されたものの、早起きして乾布摩擦や体操、ストレッチなどを続けたところ、要介護2に下がったのだそう。

今は比較的体調が安定しており、定期的な通院ですんでいるとのこと。

2020年現在は自身の体調とつきあいながら、妻の世話をして暮らす日々を送っています。

財津一郎は妻の介護に奮闘中で息子はテレビプロデューサー

妻・ミドリさんと出会ったのは、帝劇ミュージカル解散後に入門した石井均一座でした。

結婚の時期は不明ですが、1961年に息子の功さんが誕生しています。

ミドリさんが自宅の段差につまずいて倒れ、怪我をしたのは財津さんの体調が落ち着いてきた2019年秋のこと。

肩や肘のあたりを骨折したようですが、高齢者の事故発生場所の多くは宅内といいますから、家族も段差や室内履きには気をつけてあげたいですね。

自宅ということで油断して転倒するケースもあるのでしょう。

動けない妻に代わって、今は食事やゴミ出し、枯れ葉掃除まですべて財津さんがこなしているそうです。

財津家は二世帯住宅で三世代が同居しているため、息子夫婦にサポートを頼める状況にあるのですが、自分の力でできるうちは自力でがんばりたいのだそう。

すでにミドリさんの要介護認定の調査はすんでおり、結果待ちの状態とのことです。

2020年でミドリさんは90歳を迎えるそうですから、いわゆる老老介護ですね。

長男の功さんは1961年8月22日生まれの日本テレビプロデューサー。

2015年からは情報カルチャー局専門局次長を務めています。

これまでに『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』などを担当しており、日本テレビのスタッフによると真面目で優秀なバラエティディレクターとのこと。

俳優の父と違い、制作側の人間として活躍しているわけですね。

変わらないCM・タケモトピアノの誕生秘話

「ピアノ売ってちょーだい!」という歌声ではじまるインパクトのあるCMは、大阪府堺市に本社を置く中古ピアノの買取・販売企業タケモトピアノ株式会社のものです。

CMソングは財津一郎&タケモット名義でCDリリースされており、オリコン75位にランクイン。

『探偵!ナイトスクープ』では「赤ちゃんが泣き止むCM」として紹介されて話題になりました。

創業者の竹本功一会長は、「社運をかけたCMだった」と語ります。

財津さんの美声や音楽的センスも起用理由のひとつだったようです。

ミュージカルの下地がある俳優ですから、「ちょーだい!」というセリフもリズミカルなのでしょう。

1997年のCM撮影時、財津一郎さんは脳内出血の開頭手術直後で、剃った髪が伸びておらず、五分刈り状態。

退院して最初の仕事がタケモトピアノのCMだったそうです。

2000年の全国放送開始から同じ映像が流れている「変わらないCM」なのですが、評価は年々高まっており、業績アップにも多大な貢献を果たしてくれたといいます。

この20年の間には地デジ化もありましたが、画面の横幅を伸ばすという対応のみで放送。


移り変わりの早いCM業界のなかで、あえて何も変えない、何も足さないことが逆に企業のイメージ定着へつながり、目立つCMになっているのかもしれません。

三世代で同居する財津一郎さんの夢は孫との二人旅なのだそう。

いつかその夢がかなうといいですね。

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