中山竹通の現在。息子も陸上選手?マラソン教室に参加。性格は一匹狼&独特な練習方法

中山 竹通(なかやま たけゆき)さんという隠れたマラソン選手をご存知でしょうか。

オリンピックで2大会連続4位にも輝きましたが、それほど知名度は高くありません。

今回は中山竹通さんの性格や現在、陸上をしていた息子について見て行きましょう。

中山竹通の性格は一匹狼

まずは中山竹通さんの性格について見て行くことにします。

競技に対して非常に真面目でストイックな性格をしているのですが、あまりに度が過ぎて”楽しそうに走る市民ランナー”を見ると思わず腹が立つほどでした。


この件には批判的な声もありましたが、それだけマラソンに打ち込んでいる証拠でしょうね。

また、自身のマラソンについても場当たり的な作戦で挑むのではなく、事前にレース全体を考えたりライバル選手などを頭に入れるなど勝負に対する熱意は相当なものでした。

動画の中でも「完全」というワードを何度も使っているところに職人気質を感じさせます。

一方で思ったことをストレートに逝ってしまう傾向があり、マスコミのオリンピック至上主義を批判したり、陸上連盟の瀬古利彦さんに対する配慮(※)にもチクリと言っていました。

※陸上連盟はソウルオリンピックのマラソン選考で「福岡国際マラソン」への出場を厳命したものの、瀬古さんが怪我で欠場すると”びわ湖毎日マラソン”で好成績を出せば良いと発言。

この際に「瀬古、這(は)ってでも出て来い」という発言が話題になりましたが、これは誤りで正しくは「僕なら這ってでも出る」なのでメディアの瀬古批判に使われたのでしょうね。

他にも指導者とも折り合えない性格だったらしく、同僚からは”一匹狼”と呼ばれたほどでした。

中山竹通さんは自分の考えを曲げない性格が結果として競技面に良い影響を与えたのかも知れませんが、ストレートな物言いから誤解をされがちなのは気の毒としか言えませんね。

中山竹通の独特な練習スタイル

ここでは中山竹通さんの少し変わった練習を見て行きましょう。

中山竹通さんは指導者に練習方法を教わるというよりも自分で考えるタイプらしく、アスリートであればハングリーさを持って”自分で試行錯誤するべき”との考えでした。

トラックでの練習でも最内の1レーン(コース)を走るのではなく、わざと2レーン目を走るなど実戦に近い形でのトレーニングをすることで本番でも力を発揮させることができました。

実際のレースでは最内を走れるとは限らず、理想のコース取りができるのは珍しいことです。

また、怪我が完治していない状態でも敢えてレースに出場したことがあるのですが、これはレース中にアクシデントがあった場合でもパニックにならない経験を積むためでした。

さらに快適な環境でのトレーニングに疑問を感じることもあり、実戦に近い過酷な環境下での練習こそが役に立つ、というストイックなところも中山竹通さんらしいですよね。

独特の練習ではありましたが、自らが結果を出して立証したのはさすがとしか言えません。

中山竹通の息子もマラソン選手?

次は中山竹通さんの息子もマラソン選手だったという噂を見て行きます。

息子さんは中山 卓也(たくや)さんといい、1989年9月29日に兵庫県で誕生。

中学から始めた陸上では主に中距離を専門として活躍し、須磨学園高校の3年時に出場したインターハイでは5000mで5位(14分12秒55)という記録を残していました。

2008年に早稲田大学(スポーツ科学部)に進学して競技部に入りましたが、周囲の期待とは裏腹に箱根駅伝に出場することも無く、目立った活躍をすることができずに3年生の頃に退部。

その後はひとりで練習を重ねて2011年の「第1回神戸マラソン」で初マラソンに挑戦し、なんとマラソンデビュー戦で優勝(2時間24分13秒)をして注目を集めました。

2012年度から実業団の「トーエネック」に入社して陸上を続けますが、またも目立った成績を残せずに2014年度をもって退部し、2015年の泉州国際市民マラソンをもって現役を引退。

現在は市民ランナーやペースメーカーとしてマラソンに携わっているそうです。

才能が無かった訳ではないですが、もしかするとプレッシャーに弱かったのかも知れませんね。

ちなみに、世界遺産検定1級を持っている俳優の中山卓也さんとは別人なのでご注意ください。

現在の中山竹通はマラソン教室などに参加


最後に現在の中山竹通さんについてチェックしておくことにします。

1992年に開催された「バルセロナオリンピック」のマラソンに日本代表として参加して二大会連続となる4位の成績を残しましたが、その後は静かに第一線から去っていました。

引退後は大阪産業大学や付属高校の監督を務め、2004年4月から2009年3月まで「愛知製鋼」の陸上部監督として後進を指導していましたが、今は監督などには就いていないそうです。

現在はマラソン解説者や講演活動、マラソン教室など競技の普及に取り組んでいる様子でした。

中山竹通さんほどの実績があれば指導者として声が掛かりそうですが、それについて本人は高齢だからと前置きした上で「表舞台に立つつもりはない」と発言しています。

一方で”陸連とは関わりたくない”と意味深なコメントも残しているらしく、瀬古利彦さんを巡る一連の騒動で感じた陸連への不信感は今でも消え去っていない様子でした。

もっとも、瀬古利彦さんには何も思っておらず、むしろ尊敬できる偉大な存在だったそうです。

現役時代はストレートな物言いや性格もあって色々と騒がれましたが、現在はマラソンの厳しさだけではなく楽しんで走ることの良さを味わっているのかも知れませんね。


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